鬼籍も、麻草も、あるんだよ。
煙の中で逢った、ような……
10月初旬の土曜日、22時。
良介は計5曲の作詞と作曲を終えていた。一週間に2曲以上作ったことになるので、なかなかのハイペースといえる。4人のキャラクターのビジュアルは、発注先から仕上がってきた。あとは開発先にDTMで作った曲と歌詞を送り、4人分のソングロイドのモーションを指定すれば、映像と歌声の準備は整う。
歌以外のサウンドは生音でやりたいのですが、という要望はすんなりと通った。12月31日のライブに間に合うかどうかが大きな問題だが、そこはなんとしても間に合わしてもらわなくては。
映像面において主役となる桃色の女性を、良介は難しい顔で眺めていた。パソコンの画面を後ろで覗き込んでいた晴香が、興味深げに質問してくる。
「このピンクのひらひらした魔法少女は、キッスさん?」
「うん、顔は老けてるでしょ。少女じゃないんだよね。そこがポイントなんだ」
「なんか悩んでる?」
良介は頷き、桃色の女性の名前を見せようとして思いとどまった。晴香にはキッスのマジカルクッキーとチョコレートの話はしていない。それだけは良介含むバンドメンバー全員が墓場まで持っていかなくてはならないのだ。
「……いや、悩んでるというか、一線を越す勇気を蓄えているというか」
「どういうこと?」
良介は少し悩み、小次郎のキャラクターと名前を見せた。
どれどれ、と名前を読んだ晴香はその場にうずくまって笑いだした。
「やはり妊婦は笑いすぎは良くないよな。面白いことは間違いないんだけど、一線越えてる気がしてるんだよ」
「ちょちょちょ、ちょっと、ちょっと待って。落ち着いたら他の人の見せて……」
大丈夫かなと思いながら、晴香にハッピー、ドラゴン、キッスの設定を見せる。キッスの名前に関しては、完全にフィクションということにしてしまえば良い。
「アハハハ! 一人、生き物でもない死骸が!」
ひとしきり高笑いをした晴香は涙を拭きながら良介に問うた。
「これもう、お父さんたちに見せたの?」
「いや、曲目とキャラクターは、明日発表しようと思う」
「これは怒るわ、絶対に怒るわ、普通怒るわよ、怒るに決まってる!」
「誠也が魔法少女もの好きという言い訳でゴリ押そう。もう依頼はかけてしまった。サイは振られたんだよ」
相変わらず難しそうな顔を保ったままの良介に、晴香は笑顔で冷徹な指摘を返した。
「自分で振ったんでしょ、サイコロ」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
明けた日曜早朝、ガレージ内。
大西“KOZY”小次郎(キーボード・78)、真田“ドラゴン”隆(ベース・82)&“キッス”薫子(ギター・75)、本条“ハッピー”幸雄(ドラムス・79)。平均年齢78歳強のバンド「Old Holmes」のメンバー四人が、ホワイトボードの前に立つ良介を取り囲んでいた。
「今、すでに練習を始めてもらっている曲もありますが、全てが完成したので、そのご報告です」
老人たちは曖昧にほう、とか、おう、とか返す。
「そして、みなさんの演奏に合わせて歌う、ソングロイド4人分の歌と動きの発注もかけました。大まかな内容を話しますと、主人公のキッスが活躍する、魔法少女もののようなストーリーです。なぜ魔法少女のようなものが主役かと言うと、誠也が喜ぶからです」
うんうんとKOZYがうなづく。今頃、テレビでは日曜朝の人気アニメ「魔法革命少女ハバナ・ゲリラ」が放映されている頃合いで、誠也はその番組の大ファンなのだ。世界的に有名なゲリラ戦士が、ある日突然魔法少女になっちゃった、というものらしいが、良介はその内容を深くは知らない。
「生演奏に合わせて魔法少女のようなもののストーリーが、ライブハウスの大型モニターに映し出される。これは誠也のような子供のみならず、老若男女が驚くに違いありません」
もじもじとしているのはキッスである。自分を主役とした魔法少女の演目が公開されるなど、Old Holmesに入った当時は夢にも思わなかっただろう。
「歌詞はそれをなぞらえたものになっています。魔法少女のようなものが道中、手助けやふか〜い一服を挟んで、なんだかんだで邪神を退治します」
「少女っておまえ、キッスは老女だが」
ドラゴンが呆れたように当然の指摘をした。
「まあ、魔法少女のようなものなので、細かいことは気にしないでください。誤差です、誤差」
少女と老女の差を誤差と言い切る男は、ホワイトボードにペンを走らせる。
「では、発表します。これが、12月31日、たった一日だけのために作られた物語のタイトルです」
「『まそうしょうじょまりふぁ・なのちから』と読みます。ふぁ、とな、の間は2秒ほど開けてください。決して繋げないよう、お願いします」
老人たちは全員ポカーンと口を開けている。
「では、練習に入りましょうか。もうすでに練習していますが、最初の曲のタイトルは『煙の中で逢った、ような……』です。これは、キッスの家のブツを焼き払った際に見た幻覚が元になっています」
呆気にとられる老人たちを追い立てるように、良介は手をパンパンと叩いた。
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