妄想デンデケデケデケ

「そういえば、我が教団の信者が」


 ハッピーがいきなり爆弾を取り出した。さっきのドラゴンの中学時代の話を聴いていなかったのか。ドラゴンとキッスの為のおめでたい席で、布教でもおっ始めるつもりなのかこのエセ坊主はと良介は止めようとしたが、


「8割ほどほどやめました。少数精鋭です」


 不発弾がゴロンと転がってきただけだった。

 良介にしろ小次郎にしろ、さして興味もないので黙っていると、心優しいキッスがいやいや、社交辞令、円滑な人間関係の為にやむなく、という態度を隠さずハッピーに質問した。


「何かあったんですの」

「やはり知りたいですか」

「いえ、別に」

「話せば長くなりますが」

「なら結構ですわ」

「そもそもの発端は私が神の声を聴きとれる神童と呼ばれ、町中の注目を浴びている夏の日がきっかけでした。夕方の薄暗い道を歩いていると、目の前にオレンジ色の光が」


 キッスは立ち上がり、トイレへと姿を消した。

 そもそも誰が聴いていようが聴いていまいが展開しようのない話を大声で続ける系教祖のハッピーだが、酒が入ったことによりその内容は普段よりもさらに加速度的に浅くなっていった。


「その光は私を包み、大いなる祝福を与えてくださいました。おお、見よ。あれこそ我々より上の次元の存在、カレルーレン。本来は人間の言葉では発音できない名前ですが、便宜上そのように呼んでいます。カレルーレンは言いました。『幸あれ』。私は返しました。『それだけですか』」


 話を端々しか聴いていない良介でも、がめつい子供だったんだな、ということがわかる。その後もぐちゃぐちゃとした設定の掴みどころのない話は続くが、教団を設立し、成功させ、ピークを迎えて下り坂を転げ落ちているところまでようやく進んだ。


「理由は一つ。私から神通力が消えたからです。神が見えなくなったからです」


 その代りにキャラクターを教団の神にするとか言ってたような。ものすごくハイになって喜んでいたような。


「ダメでした」


 まあそれはそうだろう。


「あれを新たな神とだませ、もとい信じたのは、私よりもちょっと上の老人たちだけでした。最近ではデジタルのキャラクターと結婚する人もいるそうなので、信者もまんまとだま、いえ、私についてくると思っていたのですが」

「バカかアンタ」


 一言で切り捨てた良介は、前から気になっていたことを聴いてみた。


「あのお祈りで病気が治る設定なら、自分にやればまた神が見えるようになるのではないですか。病気が治って見えなくなったというのなら何よりですが。というより、カレルーレンと子供の時に声聴いてたっていう神と、どっちが強えー位置づけなんですか。昔読んだSFが由来だとは思うんですが」


 ハッピーは両手を広げて目を剥いた。しかし勢いよく広げた手にビールの空き瓶がぶつかり、重たい音を立てて床に転げ落ちる。ドラゴンがハッピーのかつらを剥ぎ取り、禿げ上がった頭頂部を平手でパシンとはたく。小次郎は落ちていた瓶を拾い上げ、そこに日本酒を器用に注いでハッピーに手渡した。とことん飲ませるつもりだ。


「ところで良介君。ライブの日程が決まったぞ」


 小次郎の顔が赤くなっている。脳梗塞を発症してから酒は飲めなくなったが、場の雰囲気で酔っているようだった。


「いつです?」

「12月31日、19時から、単独開催」

「おいおいマジかよ」

「マジじゃ」


 雑な言葉遣いになったことを詫び、もう一度確認する。大晦日、19時開演。よくもまあそんなスケジュールを抑えられたものだと感心するが、義父は間違いなくカネにものを言わせている。札束でライブハウスのマネージャーの横っ面を引っ叩いたに違いない。


「それまでにちゃんと曲は仕上げるつもりなんじゃろうな。通しての練習も5回以上はしておきたいぞ」

「はい、お任せください。来週から曲を下ろしますので、それを練習していただければ大丈夫です。10月中には仕上がります。おそらく5か6曲になります。歌詞はいらないですよねンフフ」

「まあ、良介君が入力してくれるのだから、歌詞はいらんけど。イメージは掴みたかった気がするなあ」


 相変わらず不気味な忍び笑いを漏らす入婿に疑いの目線を向けながら、小次郎はお茶を飲む。


「大丈夫です。子供が喜んで、ンヌフ大人や老人は感心する、重厚でサイケデリックなストーリーですンフフフフ」

「その笑い方がわしの不安を煽るんじゃが……」


 それはともかく、と良介は前置きし、先程のドラゴンとの話を切り出した。


「お義父さんは僕のことを『良介君』って呼びますよね」

「ああ、そうじゃな」

「なんでですか? マッスオ呼びの時は君付けしないのに」


 小次郎は目を瞬き、だってと続ける。


「わしの立場からマッスオに君つけたら、良くないじゃろ。どうしても親子丼とか名古屋巻きと同じアクセントになるじゃろ」

「ああ、それは実にやべえですね」

「あと、名前に君付けする理由は、入婿との距離感を感じているというアピールじゃ」


 本人のいるところでそれ言うか。


「それは冗談として。ライブで変な笑いが起こったら、わしは死ぬまで君のことを『入婿さん』って呼ぶから。わかってるとは思うが」

「またまた。お義父さんったら。ご冗談を」

「ははは、あくまで冗談じゃ。君の旧姓の『菊池さん』で呼ぶことにしよう。ははは、冗談じゃ、冗談」


 小次郎の目も口も、全く笑っていない。切れ長の視線が良介を射抜く。いや、射抜くどころか蜂の巣にしている。

 身動きが取れなくなった良介を尻目に、小次郎は話を続けた。


「まあ、大丈夫じゃろ。あれだけ自信満々だったんじゃから。おお、そういえば明日は誠也の運動会か。今年はともかくとして、来年の運動会の時も、お父さんが家族と一緒に応援していればいいんだがな」


 蒸し暑い9月初旬。ドラゴンとキッスの入籍記念パーティは、孟秋の夜に喜びと狂気と恐怖をないまぜにしながら更けていく。

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