6月30日 2

「おい、そこのとろそうなお前。そう、貴様だ貴様。あのKOZY様の代理人様御一行様が畏れ多くもご降臨あそばしたと教祖の野郎に取り次げ。今すぐ」


 ドラゴンはゴールデンハッピー教に到着するなり、入り口に立っている守衛に喧嘩腰で命令した。めちゃくちゃである。来る途中の車の中では確かに「事を荒立てないように話をしよう」と言っていたはずだ。

 困惑する良介をよそに、ドラゴンは「逃げるようなら、あの金柑頭に便所のスッポン取り付けるか耳かき両方から刺して持ち手にしろ」だの「こっちがその悪趣味な建物の中に行ってやってもいい。車で」など、威力の高い罵倒を繰り返している。聞かなかったことにしておこうというレベルのものも一つや二つではない。我慢の限界に達した良介が守衛に頭を下げ、レッドゾーンに突入している様子のドラゴンを引き止めた。


「ちょっと、何ケンカふっかけてるんですか」

「ケンカじゃねえ。一方的に文句言いに来たんだ」

「車の中で話していたことと全然違うんですけど」


 良介には、ドラゴンがなぜここまで怒りに燃えているのかが分からない。車の中ではバンド活動に支障がないよう、穏便に話し合いをすると言っていたはずだった。

 もしかしたら眼の前の老人もまた脳の血管が数本切れ、脳梗塞ブームの波に乗ってしまったのかと憐れみの目で見るが、ドラゴンはそんな良介をひどく血走った三白眼で見返していた。


「良介、お前な。そんなもん相手によって変わっちまうに決まってんだろ」

「僕を騙したということですか」

「違う。変わっちまうんだ。お前には怒る必要がないが、こいつらは嫌いなんだ。根絶やしにしてやる」


 良介の問いからずれた返答をしたドラゴンは教団本部の外観を仰ぎ見る。いかにも宗教施設然とした質素な作りだが、ところどころにキラキラと光るものが点在していた。金箔を貼ったゴールデンハッピー教のマークだ。マークの中央には簡素化された教祖の顔が描かれており、デザインしたものの正気を疑わせるつくりになっている。


「大っきらいなんだよ、こういう奴らが。おれは」


 過去に何かあったのかもしれないが、今はそんなことを訊いている場合ではなかった。


「あの、昔話をどうしてもしたいのなら、場所変えませんか」

「バカ言え、せっかくこんなインチキくせえ奴らのとこに出向いてやったんだ。せめて」


 入口の前になになにとか駐車場の入口にあれあれといった、とんでもなく品のない悪行宣言が飛び出したので良介は聞き流し、怒れるドラゴンを一旦車に押し込む。そして小次郎の助言を仰げないかと考えを巡らした。もしかしたら今頃、良枝が病室にいるかもしれない。一縷の望みを託し、義母の携帯電話を鳴らす。すぐに出た。


「あら、良介君どうしたの。ハッピーさんのとこに行ったんじゃないの」

「その件でちょっと。お義母さんは今病室ですか?」


 良枝は病室にいた。そのまま電話を小次郎にとりついでもらう。


「暴走ドラゴン、僕の手には負えないんですが、どうしたらいいでしょう」

「ハッピーと向かい合わしてみればいいんじゃないか。いきなり飛びかかったりはしないだろうよ」

「だといいんですが」


 車の中で教団本部を睨みつけているドラゴンに目を落とし、良介はため息をついた。そして、できれば言いたくなかったことを切り出す。


「お義父さん、ハッピーは、必要なんですか。バンドに。嫌な感じのトラブルを招きませんか」


 受話器の向こうで軽く笑う声がした。


「ほれ、わし、そこそこ金持ちじゃろ」

「はあ」


 なにをいきなり。


「だから、今までカネ目当てで近づいてきた奴らをたくさん知っとる」

「ハッピーはそういう目的ではないと?」

「多分な。カネとか信者増やしたいとか、そういう雰囲気は無かったなあ」

「ガレージの中だからじゃないですか」

「わからん。が、そういう雰囲気は無かったと思う」

「本当ですか」

「……無い気がしないでもない」


 大変かもしれんが、まあ頑張れよという誰でも言える適当極まりない励ましの言葉で電話は切られた。余りにも人任せなので、このまま帰って「やっぱダメでした」と嘘の報告をしてもいいんじゃないかとすら感じてしまう。

 けどそれでも、一度だけドラゴンとハッピーに会話をさせてみようと良介は思った。なぜならば、単純に見ておきたかったからである。小次郎の言うように、怒りに狂うドラゴンとていきなり飛びかかったりはしないだろう。年を取り、積み重ねてきた経験から導き出された最善の解決策を見せてくれるはずだ。それを見ておいて今後の人生に損はない。

 良介はもう一度守衛の所へ趣き、丁寧に敬意を説明する。教祖様のご友人様なれば、と取り次いでくれた。


 良介とドラゴン、二人の前に立ちはだかる、黒を貴重とした重々しい扉。それがゆっくりと開かれていく。この向こうに、ゴールデンハッピー教の教祖、ハッピー幸雄ゴールデンではなく、ド素人臨終系バンドOld Holmesのドラマー、ハッピーがいるはずだ。

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