第43話 銃声
「ある人は彼らを劣った者と見ていることでしょう。ある人は彼らのその境遇は生まれながらに決まった、身に持った罪が原因と思っているでしょう。多くの人は彼らの穢れと交わりたいと思ってはいないかもしれません。
そんな人々の常識に異議を唱えたのがエルドリッチ・ルーサー大臣でした。
しかし、それが彼に敵を作ることになった。クロカミへの権利を付与しようとする彼の政策は……志半ばにして……潰える事になりました。
彼の命を奪った人物への告発も、この度の集会の大きな目的の一つですが、この問題について、我々はもう少し踏み込むことが必要です」
間違いなく、アレックスくんには俺たちにも語らなかった意図が、主張が存在するのだろう。
それがどう転ぶのか、今の俺にはただ見守ることしかできない。
「……彼の死を悼みつつも、皆さんも彼の政策自体には賛同出来ない方もこの場に多いのではないでしょうか? あるいは、多くの人はそもそも関心のない事かもしれません。
ただ、彼らの存在など黙殺し、忘れてしまえばいい。
忘れてしまうのならば、自分の近くに居ないのが一番だろう……」
アレックスくんのその言葉に、会場は更に静まる。
彼ら自身にも隠してきた、醜い本音を抉り出そうという言葉に。
「ある人はこの隔離政策にこう言います。
『これは隔離などではなく保護なのだ』と。
他ならぬエルドリッチが意図したところもまた同じものでした。
彼の提案とは、恵まれぬ偽人を保護することであり、しかしそれが反感を呼び、彼亡き今、議会は偽人の排斥。国外追放を目的とする流れへと大きく動きつつあります。
ボク達が取るべき道はどちらでしょうか?
恵まれない人に手厚い保護を与える事? それとも、罪人を追放する事でしょうか?
彼らは弱き者なのか、それとも生まれながらの罪人であるのか? この問題に用意に結論が出せる人は少ないでしょう。それこそが、この問題が抱える大いなる二律背反です。
互いに反する意見がぶつかり合い、今、どうやら片方が潰えようとしているようです。……他ならぬ大臣の死によって。
しかし、僕が提案するのは、エルドリッチ・ルーサー氏が支持した意見と同じものではではありません。
ボクが提案したいのは……」
と、アレックスくんは言葉を区切る。
親しみやすい口調と、反するように過激なものにもなりかねない演説の内容は群衆の心をつかむのに成功しているだろうか? ……少なくとも、今現在、関心を集めることには成功しているようだ。
「……第三の道です。
保護するのだとすれば、それはクロカミ以外の人々の反感を買ってしまう。罪人にはそれは必要無い、という主張によって。
しかし、追放をしたところで、我々のうちには一定数クロカミが生まれてしまう。この、神によって作られたのか疑わしい不完全さを抱えて、我々は生きていかねばならないようです。
では、我々が取るべき道は……『共生』以外に無いのではないでしょうか」
『共生』、という彼の言葉を一瞬群衆たちは理解できないようだった。
現代日本生まれの、例えば公民権運動なんかを教科書で習ってきた俺には、何故自分がこの言葉を真っ先に思い浮かばなかったのか不思議なほどに、それは頷けるワードだった。
「『共生』、我々は共に歩み、共に生きるのです。
それは保護や隔離という特別な扱いはなく、また追放し見放すというやり方ではありません。
ボクらはただ彼らを受け入れ、ともに暮らす。
様々な色を持つ、多色人と同じ場所で、彼らがなんら他の者と変わることなく生活を営む。
同じ街に溶け込み、市民として共に暮らし、ともに歩んで行く。
それが、エルドリッチの意思を更に進めた、ボクが理想とするビジョンです」
聴衆のざわめきは増していく。
しかし、半可通の俺にはそれがどのような意味を持つのか理解できない。
アレックス・ウェルズは続ける。
「果たして、彼らは我々と何が違うというのでしょうか。
同じように、語り、感じ、笑い合う彼らが。
ボクが彼らと実際に接してみて感じたのは、貧しい暮らしを強要されながらも仲間を思いやり、またそんな生活でさえ喜びを見出そうとする、なんら一般的な人々と変わるところのないヒトの姿でした。
――なんら変わるところのない。
であるならば、なぜボクたちは共に生きてはいけないのでしょう」
ここに居る人々にとっても全く賛同できない言葉ではないはずだ。そう思いたい。
しかし、それを表明できるものは、きっと少なかった。
「皆さん」と、ウェルズは投げかける。
「古い神話の時代が終わろうという時がすぐそこまで迫っています。
そして、それはボクたち一人一人が、少しものの見方を変えるだけで成し遂げられる事だと僕は信じます。
それは一人一人、心の変容によって。直ぐに。それこそボクが政治に参加し、政策を打ち出すようなことをせずとも」
――古い神話の終わり。
その言葉の冒涜的な意味合いに、会場のざわめきが最高潮に達した。
「――そして、ボクは今この場で、クロカミの追放を先頭で指揮し、大臣の命を奪った人物を告発します。
正確には、実行犯に命令を下した、真の悪漢の正体を。
彼の正体は他ならぬヴェロキス王国騎士団の――」
そこで、彼の声は潰えた。
鳴り響いた『ニ発の』銃声が彼の言葉を奪い去り――。
壇上に立つアレックス・ウェルズの胸元が紅く染まった。
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