第11話 夜更け、夜明け、そして裸体
道にには既に人は少なく、多くの町の住人たちはもう家に帰って一家団欒でもしているのだろうと思われた。
家の中からは灯りが漏れている家も多いが、基本的に星と月上がり以外の光源のない街路をシーラを背負いながら歩くのはかなり骨が折れる。
というか、静まり返った暗がりの中を歩くのはかなり怖い。
ファンタジー要素は月が二個あるとかその程度。夜道を襲うモンスターの襲撃が無いことを祈りたい。
とにかく、メッチャ怖い。
耳元を小さな吐息が撫でている。小娘もこうやって見ると案外可愛げがないことも無い。身体の重みは栄養失調を疑わせるぐらい軽いのが少し心配になる。
彼女を背負いながら俺はどうにかスマホを取り出し、背面のLEDを光らせる。後は自分のカンを頼りにあの家までたどり着くしかない。
道は狭い裏路地に変わり、恐怖感は増す一方なのだが、背中で寝ている人間は気楽そうなものである。
そうこうして家に着いた。途中野犬のものと思われる遠吠えが恐ろしくて仕方なかった。
室内は荒れ果てているが、まず間違いなく侵入者によって荒らされたわけではないだろう。ホント、なんていう部屋に住んでるんだここの住人。
シーラの寝床は……と、ここか。付近に女物の服が散乱している一地帯は彼女のベッドスペースだろう。床に敷かれた毛布に身体を横たえる。
意外な趣味、というのだろうか。寝床の周囲には書物が散乱していた。
しかしまぁ、この屋敷の開放感たるや物凄い。もうここまでくるとここが屋内なのか屋外なのか分からなくなってくる。
吹き抜けの天井、というのは文字通りである。
ポタリ、と何かが頬に当たった。
水滴だ。
嘘だろ、降ってきたぞ雨。
容赦なく振り付けるさあさあとした雨の音が部屋を満たし──
「うぉぉおお!!! 恵みの雨じゃーーー!!!」
感傷に浸りつつある俺のムード感ぶち壊してシーラが飛び起きた。
「いやいや、なぜ喜ぶのか理解できない!」
どう考えてもずぶ濡れ確定だし、この子アホなのかもしれない。
「何を言っているのだアサクラ、雨なら傘を刺せばいいだろう」
「それをたった一つの冴えたやり方みたいに言われましても」
「とにかくこうしちゃいられない! バケツとタライをありったけ並べるぞ。水は貴重なのだ」
「貧困のレベルが俺の想像を遥かに超えている!!」
「その前に、これが濡れないように……っと」付近の本を拾い上げる。
「なんの本なんだ、それ?」
「我が最愛の物語……騎士道物語に決まっているだろう!」
さほど意外な趣味でもなかったか、という感じだった。しかし、意外とその本たちは大切にされているようである。どこか俺はホッとしたものを感じた。
☆
「確かにアタシは良い体つきをしている事を認めるにやぶさかではないが、アサクラ騎士見習いはデリカシーが無いにも程がある……」
翌朝、屋敷を出ると、道中でシーラの後ろをついて行く、今朝から彼女からは軽蔑の眼差しを向けられているし、今に至っては顔も向けてくれない。
事はようやく雨脚が弱まり、身体を傘でカバーしながら寝るという高等技術の習得を余儀なくされていた明け方に遡る。
セーフゾーンというか、あまり濡れないし床も濡れてない場所を探し、どうにか俺は座りながらだが僅かに寝入ることに成功したのだ。
しばらく、ウトウトと心地よい眠り(ただし姿勢は座っているに近い)の中にあった。日がちょうど頭の真ん中にかかろうとしているころに俺は一度目を覚ました。そして、なんでまたこんな妙なタイミングで瞳を開いたのかと自分を呪った。
そのにいたのは一糸纏わぬシーラ・レオンハート三世に他ならなかったからである。昨日溜めた雨水で行水の最中だったのだろう。
何かの見間違いであると判断してそのまま二度寝に入れば良かったのだが、つい口から出た一言が問題だった。
「なんで……脱いでるん?」
こんなつぶやきを漏らしたのが間違いだった。
見る見る間に少女の頬は赤らんだ……という反応は割とセオリーである。あるいは起こり得る事態としては「言い残すことは?」とでも言い放ち何か殺傷能力のあるものを投げつけるだとか。
シーラの反応はそのどちらでもなかった。
帰っきたのは「こっち見るんじゃねぇ、見世物じゃねぇぞ」級のゴミを見るかのような嫌悪と軽蔑の眼差しだ。ぶっちゃけ、気まずいことこの上ない。
その冷え切った空気は母親の着替えに遭遇した時に匹敵するよまったく。
まぁその……、良い体つきというのはどの口が言うのかというほどに見事な絶壁だった。
無駄な肉が無い細い身体、といえば聞こえがいいものだが……そろそろこの軽量化はミニ四駆で例えればボディの強度を大幅に落とす肉抜きを極め始めそうな状態であり……、なぜ異性の裸を見て真っ先に自分が感じるのが真っ先に気まずさなのかが腑に落ちない。
アマチュアネット小説家の端くれとして、その趣味をターゲットにした文章を書いたことがないとは正直無いとは言えない俺ではあるが、今後はその認識を改める必要を感じる。
事実は小説より奇なり。
ロリーなケモミミ娘が「なにみてるんですかー!!?」って、小さな手で胸元を隠しながら、耳まで真っ赤にして怒るような展開を俺は所望する次第である。
現実に起こったラッキースケベ展開のどの辺を喜べばいいのやら分からない。
返す返す言うが、目の前にある肢体は男の方がもうちょっとプニっとしてるんじゃないかというような代物である。
なんでまた、こう一々硬そうなボディをしてるんだと言う話だ。
そして、一瞬あの場を支配した重苦しい沈黙はもう二度と経験したくない。
「減るもんでは無いとはいえ、アサクラはさー……」
「そんな起きたら裸体が目の前にあるとか想像が付かんわ」
「裸体言うな! 寝てると思ったに決まってる。アサクラも騎士見習いならあの場は察するべきだ……」
コツコツと踵を鳴らしシーラは小走りに前を行く。
そうして俺たちは『魔法雑貨店グリモア』の前へときた。
今日も今日とて、俺に起こった事態の解明である。自称騎士はなんだかんだ付き合ってくれるのであった。
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