第10話 白であり黒である
「ぐへへへ……、おなかいっぱい……もう飲めないにゃ〜ん……」
シーラ・レオンハート三世は酔い潰れ、遂に机に突っ伏した。もはやグデグデだった。
隣に座る百合女はその頬を突っついて遊んでいる。完全なる小動物扱いである。
「王子……かわいい……ぐへへへ……」
グデグデ具合が伝染している。
「その王子っていうの、どういう意味なんだ?」
さっきから気になっている疑問を俺は発した。特にそう呼ぶ理由は無いのかもしれないが。
「王子は王子、私の理想のナイト様。相手がどんな身分でも決して見下したりしない。強い相手にも堂々として、絶対に怖気付かない、強い人。
一度と言わず、王子には何度も助けられたわ。黒髪は何かと絡まれるからね……。そんなとき王子は現れて……!」
「……相手をぶん殴る、とか?」
「そこまではしないけど、ここはアタシに任せろ……! って。身を呈して人を守る! 惚れるわよね……! アサクラくんもそう思うわよね!」
それと、俺には別に気になっていることもあった。
「けど、カンナたちも知ってるんだろ? シーラの『仕事』のこと。なんで止めないんだよ? 友達だろ?」
「友達ですわ。金持ちから奪い、貧しいものに施す。騎士の精神ですわね」
「……こんな言い方をしたところで、なんの弁明にもなりませんが……彼女は本当に貧しい人からは奪いません。レオンハート卿はそんな嗅覚に優れているんです」
「アレックスくんまで肩を持つなんて……!」
黙認されている、のだろうか。それが『本当の友人』の言う事か?
「いや……おかしいだろ、それ……」
犯罪には毅然とした対応を取る、それは現代日本に生まれた俺にとっては当然のルールだ。
盗みは盗みであり、許されない事は許されないと決まっている。
じゃないと社会が成り立たないのだと俺は教わってきた。
「だけど、王子だけが貴方を助けたでしょう?」
俺たちの世界では、それは『偽善』という。
そんな薄汚れた善意で助けられるぐらいなら、俺は。
……俺は、どうだと言うのだろう?
「アサクラくんは、それで王子があなたを助けた事を無かったことにするつもり?」
俺たちの世界では、それは『詭弁』という。
──大抵の場合において、詭弁や偽善は悪よりも醜いと俺は教わってきた。
☆
俺は席を立つと、完全に寝入ってしまったシーラを背負い帰ることにした。
後ろから「ず、ズルい!!!」と声を上げるお姉さんがいるが気にしない事にしておく。
「妙な奴らに絡まれちまったな、お兄さん」
昨日の気さくな店のご主人に声をかけられた。会計を済ませないと。
「店主! 昨日は本当にご迷惑をお掛けした。ここに、昨日と今日の分の代金があるのでどうかお納めください!」
俺はシーラを背負ったまま、コインの詰まった袋を取り出す。
「……はぁ、ソイツはそのガキの金だろ?」
それはそうなのだが、これで支払わざるを得ない。
「受け取れないやね。汚れた金で儲けるほどウチらも落ちぶれちゃいない……。兄さんも、そこまで落ちちゃあいけないよ」
「しかし……!」
「そのガキが根っからの悪人じゃないのは知ってるさね。少々ここが……(コメカミを指差す)……おかしいが、ウチの娘、カンナとまともに付き合ってくれるのも、道すがら助けてくれたのも、ソイツぐらいだ」
「カンナが娘……? しかし、見るからにご主人とはその……色が違うのでは?」
青味がかったシルバーの短髪を撫で付けた髪型をしている白い肌の店長とは血縁があるようには見えない。義理の娘というやつなのだろうか?
「何にも知らんのだね……。血が繋がってようと、たまに黒髪は産まれるのさ……」
パイプを取り出すとマッチで火をつける。紫煙を燻られながら彼は息を吐く。
「アンタぐらい『染まってない』のなら、案外何かが変わるのかも知れんなぁ……。なぁ? あの小娘の事、頼んでもいいか? ウチが飯おごるぐらいはやってやるからよ」
それは願っても無い申し出だった。
「しかし、頼むとはどのような……?」
「だから、アンタが更生させるんだよ」
そう言うご主人に、少し俺は躊躇う。
しかし、シーラの事を見て見ぬ振りをするのは多分、それこそ俺の主義に反する。
「請け負わせていただきます、ご主人。それから、これは俺の国の通貨なのだが……」
あまり意味は持たないだろうが、俺は財布の中にある千円札を彼に渡した。
「へぇ、面白いじゃねえか。分かった、今日と昨日の分はこいつで受け取ってやる。毎度どうも!」
ご主人は愉快げに笑った。
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