第12話 魔法機械と複製品 〜グリモアにて
「アシュリー婆さんー入るぞー?」
店に入るなりシーラは薄暗い部屋の奥に向かって声をかけた。
店内はカビ臭く、妙にジメジメと湿気った空気が漂っている。見るからに怪しげな所だった。
「はぁ……随分久しぶりの客かと思えば……冷やかしの小娘かい……」
「へへへ。婆さんがさぞ寂しがってるだろうと思って来たやったんだ、喜べよ? それと、コイツがうちの新入りだ!」
とにかくそのごっこ遊びに俺を付き合わせたいんだなこの子。
「アンタに構ってられるほどこちとら暇じゃ……」「いや、どう見ても暇だろ婆さん!」
食い気味に答えるシーラ。
この二人、これはこれで仲が良いのだろう。
「少々コイツが妙なものを持ってるんでな、婆さんなら何か知ってるのではと知恵を借りたい!」
「それでアタシがなんの得をするのだかね……。見せてみな」
「すまぁあーと、ふぉーん!」
謎の掛け声を上げるシーラ。
老婆はそれを手渡されると、どこからか取り出されたのか知れぬルーペで観察を始めた。
「ほほう、これは中々の珍品だね……。
随分と精緻な魔術機械だね。いや、なんならただのおもちゃの複製品なのか……」
スイッチに指を這わせる。画面が光るとますます老婆は奇怪なものを見るような目付きをした。
「あんたが作られたのか?」
「この世界スマホの自作が流行ってるのか……?」
その反応、前にも聞いたぞ。
「作ったのは俺ではないのだが、以前に似たようなものを見たことはないだろうか……?」
「似たようなものとおっしゃるが、だいたいコイツはどういう概念の代物なんだい?」
「概念?」
「『概念』は『概念』だよ。いかなる目的で作られしや、いかなる為に用いしや、概念なきところに魔術機械無しさ」
「……魔術というか……純然たる科学的な機械なんだけど、それ」
正直に話すとそういう事だ。
「そいつは……アタシの専門外だね」
「では複製品と言うのは?」
「およそ、世界には複製品で溢れているんだよ、お若いの。いいだろう。百聞は一見にしかず、だ」
婆さんは粘土のようなものを取り出し、スマホの型を取る。そして、呪文を唱えると、その物体は凹凸が逆転し姿を変えた。
そして出来上がったのは新品としか思えない、もう一つのスマートフォンだった。
「嘘だろ? ちゃんと動く……」
試しに電源を入れてみるとディスプレイが灯った。おまけに、アプリの起動(ただし電波が関係しないものに限り)にも支障はなさそうだ。
「だいたいの
見る見る内に複製されたスマホが崩壊していく。
「おや? もっと早かったか……」
俺の手の中で複製品は砂のような、灰のようなものへ変わった。
「今のが複製魔術さ。世の中大抵のものは偽物だが、皆壊れるまで気づかない。この下地が高品質なほど長い間形が保てる、実物にどれだけ近づくかはは複写師の腕前だが、アタシにかかれば不可能はない……」
「この婆さん、これしか取り柄がないからな」と、シーラ。
「あんたは出来の悪い複製品だって知ってたかい、ガキ?」
「ははーん、生物の複製ができないことぐらいアタシは知ってらぁ!」
「なにそれ?」と俺は聞く。
「子供を叱る時の決まり文句ってやつさ! あんたは実は複製人間かもよ、ってな」
「川で拾ってきた子的なやつだな……」
「では、鑑定と複製下地のお代を頂こう……」
「サービスじゃないの!?」
「これで食ってる人間にタダで、とはいかないさね」
「ど、どうしようシーラ?」
「がめつい婆さんだねえ、まったく!」
昨日引ったくった財布がある手前、金銭状況には一応余裕はある……よな? レオンハート卿?
「よし現物支給だ! このガラクタを婆さんに預けておく、売る売らないはあんたの好きにすればいい。なんなら得意の複製で一儲けしたらどうだい?」
「……ナチュラルに俺の所有権無かったことにしないでいただけます?」
一応、俺のスマホなのだが。
「またそうやってアタシに押し付けおって。まぁいい。似たようなものを見かけたときは教えてやらんでもない」
しかし、なんとかぼったくられずに済んだ。グッジョブ、シーラ。
しかし彼女の妙な口調ってこの人の影響かも知れないなと俺は独り言のように考えていた。
「よろしく頼む! また入り用のものがあればアタシに言ってくれよ婆さん! それじゃな!」
「相変わらず嵐のようなやつだねアンタは!」
呟く老婆を置いてシーラは店を出た。
「店の手伝いでもやってるのか、シーラ?」
「ああいや……あの婆さん腰が悪くてな。たまに代わりに買い物したり、重いもの持ってやったりしてる。まぁ……副業ってやつさ」
「お前の本業がどちらなのか問いたいところだが……」
自称騎士の方なのか、スリの方なのか?
「とにかく! 良いとこあるじゃん、見直した」
頭を撫でてやろう。
「バ、バカにするんじゃない! アサクラ騎士見習いの分際で!」
その顔は裸体を見られたとき以上に恥ずかしそうなのが、なんだか笑えた。
今日の街にはなんだか浮ついた空気が漂っている。そんな雰囲気を感じ取ったのかシーラは呟いた。
「そういえば……今日は祭りの日だったか」
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