第15話 薬莢事件 依頼
翌朝。今俺はシーラによる抜糸を受けている。案外治りが早いのか、そもそも縫う必要がなかったのか、ほぼ傷は塞がりかけていた。
知っての通り、傷口を横断するように糸が走っているわけだが、これ中心部で切断し、サイドから抜き取るというのが通常の抜糸である。
このガキ、単に糸を引っ張り出せばいいんじゃない? とかもはや何のために縫ったのか分からない方法を提案するものだから、医療知識はやはり皆無なのだろう。
糸切りバサミを繊維に当てて切ろうとしているのだが、その指先がやたらプルプルしてて恐ろしい事この上ない。
「だ……大丈夫だってアサクラ、大船に乗った気でいてくれ」
額の傷口、つまり目のほぼ上にハサミがある。先端恐怖症なら卒倒していそうだ。
プツン。プツン……。
「ど、どうだアサクラぁ。アタシの名医っぷりにお前は今まさに……アタシを白衣の天使だと思い至り感動に震えているのだな……」
「震えてるんだとしたら単純に身の危険を感じるからだ!
ヒア汗タラタラで憎まれ口を叩くな、作業に集中しろ……!」
プツン、プツンと一先ず順調に作業は進む。その時だった。
「カイ!? レオンハート卿はいるかー!?」
バタン! とものすごい勢い音を立てて戸が開いた。
「ギャワーーー!!!!」
「ちょっ……怖い怖い怖い怖い!!!!」
その音に驚いた、繊細な作業中のシーラの手が思いっきり動き、ハサミが目にぶっ刺さるスレスレにまで接近する。
「ん? アレックスじゃないか。お前がやってくるなんて珍しい」
糸切りバサミを俺の顔に近づけながら軽口を叩く姿は完全にサイコパスの凶行が今まさに行われている瞬間に見えた事だろう。
「いや、ここの糸切ってただけだからな?」
一応俺はフォローする。
「レオンハート卿、そこを退いてください」
首根っこを掴まれ、よそへ移動させられるシーラ。アレックスくんは指先を俺の傷口へと当て、何かを呟く。
シュゥ……、と音がして、顔の上で何かが光っような気がする。
ほどなくして縫い糸が自然に額から落ちていった。
「これで良し、簡単な治療魔術をかけておきました」
一瞬にして痛みがなくなった上に傷はほぼ塞がっていた。
「いやいやいや魔法万能過ぎだろマジパネェな!」
誰だ小娘に「縫えばいい」みたいなこと教えやがった奴。
魔法万能の世の中で科学技術が進展しないという異世界ファンタジーのお約束設定も当然うなずける。こんな便利なものがあったらそっちが発展するに決まっている。
「レオンハート卿はもう少し人に頼ることを覚えるべきです……、まぁ、今日はボクの方がお力を借りに来たわけですが」
「なんだアレックス、お前が折り入って頼みとは珍しい」
「相談というのは昨日の夜の大臣襲撃事件のことで……」
あの式典に居た金髪美少年やはりアレックスくんだったか。
「撃たれた人とアレックスくんには関係が?」
なんでまたそんな政界に顔が利く人間であるアレックスくんのような高貴な人間がが町の酒場でシーラと一杯やってるのか謎でならない。どこかの高級そうな式場か、それこそお城で舞踏会とかしながらシャンパン啜ってそうなのに。
「ええ、亡くなったエルドリッチ・ルーサー大臣とは非常に親しくさせて頂いていました。エル……、本当に、いい人だったのに……」
「す、すまない……。アレックスくん……」
内心で自分が自分の不埒なツッコミを入れてしまったことを俺は後悔した。彼にとっては殺されたのは身内なのだ、他人事ではないし笑い事でも無い。
「そこで、お二人に頼みを……。何としてもボクは彼を撃ち殺した人間を捕まえ……法の裁きを受けさせたい……!」
目にはっきりとした決意の色が浮かんでいた。立場や家柄を抜きに、一人の人間として彼の死に憤りを覚えているのだ。
「お前の意思は分かった。だが、なぜアタシらを頼る? なにか……裏があるんだろう? 話せよ。アタシとお前との仲だ」
「エルドリッチには……敵がいました。これは、あまり……大きな声では言えない事なので、差し控えたいのですが……」
「ここまできて黙る奴があるか! 話すんだウェルズ卿」
アレックス・ウェルズはしばらくの沈黙の後答えた。
「……敵対していたのは、王国の騎士団です。おそらくは……今回の事件に関係しています」
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