第14話 薬莢事件 襲撃
おそらくは本日のメインイベントと思われるセレモニーが式場で開始される。時刻は夕方を過ぎようとしていた。
国の重役と思わしき人々と、国王陛下による有り難いスピーチなのだが、当然のごとく俺の隣にいる自称騎士はそんなものを聞いてはいなかった。
シーラはさっきの揚げ菓子をしょっぱいの×4個、甘いの×4個を両手に持って貪り食っている。見事なわんぱく食いである。おまけにめちゃくちゃ幸せそうな顔していた。
壇上には偉そうな方々が並んでいる。その中に昨日会ったばかりのアッシュブロンドの美少年が混じっていた気がする。これも紳士スキルなのだろうか。
しかし、そんなお上の連中を本気で尊敬したり、お言葉をありがたく頂戴する事が目的の敬虔な国民はこの場にあまり居ないだろう。みんな騒ぐのが目的なのだ。
打ち上げられた花火が夜空を染め、人たちが口々に歓声を上げた。
その炸裂音に紛れて、似たような炸裂音が響いた。それも、客席のど真ん中から。
壇上で一人の黒い肌の男が胸を押さえて崩れ落ちたのはその瞬間だった。
銃声?
会場は沈黙のち、悲鳴が響き渡った。
「そいつを取り押さえろ!」
「危険だ! 銃を持っている!」
ざわめきの中、謎の襲撃者から離れようとする人々。散り散りに勝手な方向へと逃げようとする、人々の身体や肩が互いにぶつかり合い、場内はパニックに襲われる。
犯人は自分の存在を示すように数発その場で発砲した。周囲の人混みが自分から離れるのをヤツは確認すると、逃走を始める。
「持っておいてくれ、騎士見習い」
菓子を俺に預けるシーラ。
「少し……走りたい気分なんだ……」
「おい! 危ないって!」
「アサクラは避難誘導を!」
「いや、無茶振りだからそれ!」
彼女は小柄な身体を利用して人混みをすり抜けて走っていく。
あっという間にその小さな足音は俺から離れていった。
どうしたらいいのか、向こうは銃を持っている。シーラなんかじゃ敵いっこない。
その姿を俺は追おうとしたが、逃げ惑う人混みになぎ倒される。
ぐちゃ、と音がして胸元で菓子が潰れた。その時思ったのが「シーラは怒るだろう」なのだから我ながら笑えない。ダサい事この上なかった。現状の認識力が皆無にも程がある。いや、俺はどこかこの光景を遠目に見ているようだった。
俺の小説なら……、と馬鹿な思考が浮かぶ。主人公として一緒に犯人を追うのにな。……なぜそんな簡単なことができなかったのだろう。
ほぼ地面に頬を擦り付けている状態の俺は、人々の足と足の間に何か光るものを目にした。なんだろう。手を伸ばしそれを摘みあげる。
「熱っ!!」
なんだこれ、金色の細い……。
服の袖で指先をカバーして再びそれを取り上げる。
……小さな金属の筒?
発砲音、銃……とするとこれは空薬莢か。
うずくまったまま、俺はこの騒動が一段落するのを待った。
証拠品の確保というのを行いはしたが、あとはただシーラ・レオンハートの帰りを待っているだけだ。俺は彼女の無事を本気で祈っているだけだった。
出来る事といったらお祈りだけかよ。お前はホント、ヒーロー向いてないよな。と、内なる主人公は俺を笑う。
それでも、シーラが酷い事態に巻き込まれてるよりはマシだ。頼むよ、深追いなんかしないで無事で帰ってきてくれ。
どれほどそうしていただろう。どれほど待っていただろう。
待った時間がどれだけ長いかなんて、正直どうでもいい。
「……悪い。取り逃したよ」
広場でただ呆然とする俺に、ここ数日のうちに聞き慣れるに至った声が聞こえた。
「無事だったか!?」
「ああ、無事だとも。なにを心配してたんだアサクラ騎士見習い? まったく、心配しょーなんだから!」
平然と言い放つレオンハートに、俺は呆れて物が言えないという言葉を実感する。
……何が心配ってお前の身の安全に決まってるだろこの馬鹿騎士道娘! 悪びれもしないその姿に腹が立ってきた。
「……もういい。帰るぞ。けど……、二度と勝手にあんなことやるなよ」
「おいおい、怒らなくたっていいだろ……? おーい待てよアサクラー? あ! ところであのお菓子はー?」
「……俺が食ってやったよ」
「なんて事をっ!?」
別にこれぐらいの意地悪をしてもバチは当たらないだろう。ぼやくシーラを放置し、俺は夜道を一人で帰り始めた。
もっとも、帰る先は同じなのだが。
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