第31話 シャワールーム

アレックスくんの指先が離れ、俺は我に戻った。


「これは……一体……」と、アレックスくん。

「聞きたいのは俺の方だ……、一体、何だって言うんだよあの記憶」


 蘇るはずのない記憶まで蘇ってしまったような。

 シャツが張り付くほどの滝のような汗を俺は流していた。


「ああ、カイ……酷い汗だ……。怒ってますよね……?」

「怒ってなんか……、いや、怒ってるのかも。けど、自分に何があったのか、俺は確かめる必要があったのかもしれない……」

「とにかく、汗を流していってください」

「シャワーでもあるのか?」

 中世でシャワーってのも妙な感じがする。


「ええ、こちらへどうぞ」


 俺の足元は頼りなくよろめく。アレックスくんはさり気なく肩を貸してくれた。


「今後、俺に無断で変な薬品盛るのナシな?」

「えーと……本当に申し訳ないとおもっておりー……」


 歯切れが悪いぞこの紳士!

 

 彼の肩を借りてバスルームへ。

 かなりちゃんとしたバスタブとシャワーヘッドが用意されていた。


「着替え用意してきますね!」


 アレックスくんが居なくなるのを確認し、俺は服を脱ぐ。

 まったく、なん何だこの展開?


 蛇口をひねるとちゃんとした温水が出てきた。多分、魔法か何かで成り立っているのだろう。


 しばらく温水を体に浴びる。


 さて……


 まず考えなければ行けないのは、リサの事だ。


 異世界に迷い込んだショックで一時的に記憶喪失になっていたのだろうか?


「あの女性……カイのフィアンセか何かなんですか……?」


 バスルームの外からアレックスくんが話しかける。いつの間に。


「フィアンセでは無い、断じて違う。ただ……」


 そう、付き合いかけていた。

 何が異世界転生のお約束だ。ハーレム展開だ。まったく笑えない。


「着替えとタオル、ここに置いておきますよ、カイ」

「ああ、助かるよ」


 まったく笑えない。思い人を一人、向こうにおいてきているっていうのに……。

 何が異世界ライフエンジョイだよ、俺のバカ。


「マジで、どうなってるんだ。俺……」


 そして、もう一つ気になることはある。

 『ゼブラ頭の男』だ。

 絶対にヤツは俺となにか関係している。


「『戻れるのか』って、どういう意味でしょうか?」


 シャワー室の扉一つ隔ててアレックスくんが問いかけた。気になるの分かるけど、人のシャワー中に付きっきりなのはどうかと思うぞアレックスくん。なんか見張られてる気がするんだが。


「『元の世界に』戻れるのか? ってことだろうか?」


 あまりにも都合の良すぎる解釈だが、他に読み取りようもない。


「あるいは、カイの保持している記憶自体がまったく現実とは無関係で……」


「……作られた記憶?」


 ……結局、自分の記憶の信憑性に話が戻ってくる。

 おまけに、今回俺は彼女の件を忘れきっていた。


 模造記憶……だとしても、誰がなんのためにだ?



 シャワーを浴び終え、アレックスが用意した衣服を確認する。

 ノリのきいたシワのないシャツに黒のボトムス。それとジャケットとでも形容したいデザインの上着。

 ジャージと違いズボンはベルトで止める形になっている。と言うことはだ、例の銃はこれで服の隙間に隠せることになる。

 あるいは、上着の裏地にあるポケットにでも。

 着てみると、いよいよ自分が異世界慣れしてきたような気がする。


 熱い湯を被ったおかげか、足元は随分しっかりしてきた。


「ところでー、カイ? 前から着ていたコチラの服なのですが……」


 今更出てきたか、異世界名物着てきた服に興味を持たれる展開!


「あげないからな」

「えー、なんでですかー?」


「それが無いと俺の異世界人としてのアイデンティティが失われるじゃないか!」


 没個性系なのは自覚してるからこれ以上こっち側の世界に馴染んだら、もう俺はただの村人Aになってしまう。


「今日のお詫びに着替えの服は差し上げますよ。本当に、申し訳ありませんでした……」


 結構本気で謝っている。


「俺も、思い出せない記憶があったぐらいだ。結果オーライだろ。

 あのゼブラ髪、アレックスくんに心当たりは?」


 まずは、ヤツを見つけ出す。戻れるとか戻れないとかはその後だ。


「心当たりと言いますか……」


 アレックスくんの声のトーンが更に下がる。


「あの男……『禁忌の黒髪』、ではないでしょうか?」

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