第32話 禁忌の黒髪
「禁忌の黒髪って……」
黒髪街で噂に聞いたやつだろうか。
「強力な魔力を持っていたとされ、ウェルズ家と同じく心霊魔術に造詣が深い。彼の可能性は非常に高いと言っていいでしょう」
「俺とそいつとの間に繋がりが……?」
どんどん事態が大きくなっていく。
俺は左手の入れ墨を見つめた。
「これに心当たりは?」
「それが……どうもその入れ墨、ボクが扱う魔術刻印……心霊魔術のもの……と類似性があるようなのです。
禁忌の黒髪が何を目的としているのかといえば、例えばカイの言語認識の書き換えや記憶の上書きを、生きた人間に対して行えるようになれば、それは魔術史上最大の発見であるからに他なりません」
「実際に研究者筋のアレックスくんが言うと説得力あるな、それ」
「それに心霊魔術はあらゆる魔術の『根源』に関わると言われているんです」
「こんげん?」
「例えば街で売られている魔法機械、あれはには『このような動きをする』という概念が刻印されることによって動いています。技術の進化によって概念は複合概念となり、また新たな概念刻印が提唱されて、魔法機械は発展してきました」
「魔法銃のときに聞いた理屈だな」
「ただ火をおこすだけの機械、ぐらいなら少し学べば誰でも作れるようになりますね」
「使用者側の魔力の容量も関わってくるんだよな?」
「そうですね。その人が持ちうる魔力以上の……例えば運動量……は機械に与えることはできません」
これで、魔法機械を作れるか、また動かすことができるかでヒエラルキーが決まる社会となる。
「一方、心霊魔術が可能にするとされている仮説に、『概念の召喚』があります」
「なんだその、やけに高等そうな術は?」
「概念は人の思考によって生み出されてきた、では『人の思考』の探求を進めれば『あらゆる概念の根源』に到達できるのではないかと。そして、この無尽蔵の『概念のプール』を利用できれば、魔法機械は飛躍的発展が可能になると提唱されています」
……なんだその壮大な話。
しかし、その根源から概念を召喚するのと、異世界に居る俺がこの世界に召喚されたという理屈に、なにか似通ったものを感じる。
「もしかして、俺って何かの実験台?」
背筋に薄ら寒いものを感じた。
「……そう考えると、筋が通ってしまいますね」
「……冗談じゃない。人をなんだと思ってる……」
怒りをぶつけたいが対象が見つからない。
「模造とするにはカイの記憶はあまりにも緻密にできすぎている、という謎もありますが……」
「だから、模造なんかじゃ……!」
しかし、証明の術はない。振り出しに戻る。
……何度振り出しに戻っているのだろう?
ただ、問題はリサのことだ。彼女だけは、幻影であってはいけない。
俺はたしかに彼女が好きだった。
少しの間その記憶が失われていたとしても、その感情は本物だという実感がある。
「あのシマウマ頭、絶対にとっ捕まえてやる」
結論はつまりそういう事だ。
どうやら俺に深い関係があるのは異世界の女神様ではなく、近寄るに危険な感じがするマッド魔術師らしい。でも、手がかりは手がかりだ。
「お手伝いしますよ、カイ。そして……もちろん、黒髪の件でも。きちんとカイは体を張ってくれたのだし、お礼はしないと」
「おお、いつの間にか完全に交渉成立していた!」
流石は貴族! ちょっとマッドだけど、基本的にはいい人だ。
「では、固い握手を交わすとしよう!」
「カイ、君のそのノリのいいところ、ボクは好きですよ」
固く手を握り合う俺たち、なにか、自分の置かれた訳のわからない状況も、黒髪解放戦線のことも、きっとうまくいく気がした。
ここに桃園の誓いが……と、そんな時。
玄関の門が開かれる音がして、何者かが内部に駆け込んできた。
「――ウェルズ卿! アイザック・ウェルズ卿はいるか――!?」
なんだこの、以前に一度見た展開?
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