第7話 百合と偽りの人

 運ばれてきた料理は粥のようなドロドロとしたスープと、異常にパサパサで硬いパン。単体で食べるのと飲み込めないためスープで水分を補うなり浸して食べるのが無難である。細切れにされた肉が中には浮かんでいて、これはチキンのようで美味い。


 昨日は極限状態で味を気にしてる余裕は無かったからな……。


「カンナ! 追加を頼む!」


 目の前のシーラはそれをあっという間に平らげ、二杯目を注文する。


「アサクラ! お前もどんどん食ってどんどん飲め!」


 彼女は大ジョッキにしか見えない容器をこちらに勧める。中には多分この世界のビールかワインに相当する液体がなみなみと注がれている。


「いや、未成年だし。お前だってそうだろ?」


 飲酒はいいとしよう、しかし、なぜコイツはここまで堂々としているのだろうか? 盗みの件がまだ心の中にモヤモヤとした塊になっている。

 そんな罪悪感を消し去ろうとジョッキを煽る。


「マズッ!!!??」

「ふーん、この味がわからないとはアサクラはお子様だねぇ」


 飲んだ瞬間に「マズッ!」となったのだが、なぜかこの飲み物は一度飲んだことがある気がする。懐かしい味……なのだが、何故かその飲料を飲み慣れていたという記憶はない。

 むしろ、この味は飲んだあと一刻も早くその味を忘却せしめるか、口直しを要求するタイプのもので……いや、そんなドリンクをなぜ飲んだことがあるんだっけ俺?


 しばらくテイスティングを重ねた末に結論が出た。


 ……思い出した。これドクペだわ。


 かつて面白半分で大量購入したあげく涙目になりながら消費した覚えがある。

 この清涼飲料水、一部の『選ばれしもの』かマッドサイエンティスト以外は飲む際に「不味い不味い」と呟きながら飲むのが作法とされているのである。


 水よりワインの方が安かった時代が何処かの国にはあったと聞くが、この世界でドクペが同じ事なっていないことを願わざるを得ない。

 メジャーな飲み物をドクペにするとか非常に地味な嫌がらせだ。


 ゲンナリしていると先程のセクシー女性が追加の料理を運んでくる。


「王子〜! どうかおもてなしさせてください!」

 カンナはシーラの隣に座ると、隣に座る王子と指先を絡める。特に嫌がってはいないようだが、食事がしにくそうである。


 どういう『おもてなし』なんだろう? これ?


「仕事に戻らなくていいのか?」

「貴方のお相手以上に大切な仕事などありませんわ……!」


 だからここはどういう店だ?


「それで、王子? 顔面が傷だらけの人間の出来損ないとはどのようなご関係なのかしら?」

 顔面の傷をよりエゲツなくしやがったのはお前の王子さまだけどな。


「うむ。アサクラには騎士見習いとしてアタシの右腕になってもらうことにした! 泊まる宿も無いのなら仕方がない!」

「な……!? 気を許しすぎです王子! 薄汚いこの男の理性の無さ加減は昨日の一件で目にしたはず、その上同棲だなんてうらやまし……!!!」


 欲望が口から出かかっている!

 しかし、この世界に来て初めて比較的まともなリアクションを見た。少し安心する。


 カンナは物珍しげにこちらの顔をジロジロと見つめる。


「なんだよ、人の顔をジロジロと……?」

「あなた、本当に天性の『偽り人』だと思ってね。髪の色は変えられても瞳の色までは変えられませんし……、そんなに暗い色の目は私も始めて見ましたわ……。あなた、きっと苦労しますわね……」


 少しばかり黒目の色素が濃いことは地味にコンプレックスたったりする。かつては死んだ深海魚のようだと友人にからかわれたものだ。


「黒髪で黒目の人間のことを偽り人って呼ぶのか?」

「ホント、何も知らないのね、あなた……」


 少数派をそう呼んでいるだけにしてもえらく不穏な名称である。


「全ては神話の時代に始まります……」

「急にスケールが大きくなった!?」


「……かつて、世界は黒き神と白き神によって作られ、そこから様々な色が生まれたのですわ……」


 急に創世神話の授業が始まった。


「故に……、ええと、故にー……」

 口ごもるカンナ。ああ、なにか聖句か詩のようなものを暗唱しようとして覚えてなかったと見た。


「……故に、黒き色の者、白き色の者は世界を受け継ぐ。

 彼らによって地は治められるだろう。


 それより生まれし多色のものには自由が与えられる。

 多色の者よ、地に満ちよ……」


 その先を、どこからか宣教師のように穏やかな少年の声が引き継ぐ。


「……白き肌と黒き髪。昼夜が同時に有らざるように。

 混ざらぬ二色を合わせるものは、世界も自由も値せず。

 生まれながらの偽証が故に、それを『偽り人』と呼ぶ」


 そういう彼もまた『白い人』なのだと俺には見えた。


「気にするなよアサクラ。頭の固い老人達が勝手に考えた古い身分制度さ」


 シーラ・レオンハート三世はそう吐き捨てる、心底嫌そうな顔だった。

 この世界は髪と肌という二色の色によってその人が左右される。

 そして、少なくとも分かっていることは、白であり黒である俺やカンナは下の下の方に位置していること。


「ごきげんよう。淑女のみなさま」


 宣教師のような白い少年ははそう言うと丁寧にお辞儀をした。

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