普通の高校生が異世界に迷い込んだけど、別世界出身だと誰も信じてくれない話。通称「ふつまよ」

椎名アマネ

第1話 寝言は寝て言え

「……あっはは……おっかしーなー……、テンプレ展開だと絡んでくるのはならず者、騎士様は助けにくるものがお約束だってのに……」


 安酒場の木造の店内で俺は暴行を受けていた。

 目の前には長いブロンドの髪、切れ長の青い瞳の、『白銀の剣聖』みたいな二つ名が付いてそうな騎士装束の男の姿がある。騎士装束なんて見るの初めてだけど。

 その騎士様が俺をぶん殴っている。


 ……痛い。口ん中切れてる。


「小僧、無銭飲食とはいい度胸だ! 貴様の里ではどうだか知らんが、この街で同じ悪業が出来るとは思わないでもらいたい」

「いや、な? 持ち合わせが無かったんだってグギャ!?」


 さらにもう一発、重いのが顔面に炸裂する。問答無用だ。

 辺りの人間は誰として助けてくれようとはしないし、それどころかもっとやれとでも言いたげな視線を送っている。


「酷い言い訳だな。悪人はみんなそう言う。金が無いのと食い逃げが許されるかは別問題だ!」


 まったくの正論で返す言葉も無い!

 街中で小悪党に襲われるどころか、料理屋で食い逃げの現行犯なのは俺の方だった!


 しかし、だから、これには深い理由があるのだ。


 一先ず、この状況を切り抜けるには、ありのまま、起こった事を正直に話し、とにかくとにかく謝り倒すしか無い。

 嘘をついたところで傷が増える一方だ。


「聞いてくれよ! ええと……! 気がついたら俺はこの街をさまよってて! もう何日も何も食ってないってぐらい腹が減っててさ! 明らかに飢餓状態だったんだ!

 いい匂いがする店に入って、金がないのに気付いたのは食った後だった!」


 彼は無言で腹に蹴りを入れる。

 軽く身体が吹き飛ばされた。


 ……確かに、我ながら何の言い訳にもなっていない。

 おまけにその後逃走を図ったんだから、コイツ非の打ち所がない罪人である。

 仕方なかったとは流石に言えない。それでも、こうしないとのたれ死んでいたのも事実。


 見ず知らずの異国の地に一人だった。

 助けてくれる人間もいない。

 金なし、職なし、食う当ても無かった。


 しかし、だから、当然、それには如何ともし難く深い理由があるのだ。


「信じないと思うけど……。

 俺は! 『この世界の住人』じゃない!」


 そう。状況は異世界ファンタジーものなのである。

 手元にある日本円の紙幣ではどうにもならないことに思い至ったのは欲望を満たしてから。なおマズいことに、俺は小銭を持ち歩かない主義だ。硬貨なら使えたような気がしないでもない。

 異世界に紛れ込んだついでに異常な飢えと乾きに襲われていたのは、一体何でなのか皆目見当がつかない。きっと召喚にかかるコストとかそういうのだ多分。


「騎士様? 殴り過ぎたのでは……? 妙なこと言い出しましたよコイツ……?」

 この店の主人と思われる小太りの男が救いの手を差し伸べる。

「……ま、ワケありなんだろうさ。今日のところは大目に見てやろうや?」

 店長は鬼畜金髪男を説得する。

「……ご主人のご厚意に感謝するといい。小僧」


よし! 攻撃が止んだ!


「ありがとうご主人! あなたは命の恩人だ! この借りとお代は必ずやお返しします!」

 まったく。土下座の十や二十したところでバチはあたらない。


「まぁ、アンタも悪い人間ではなさそうだしな。

……で、『ここ住人じゃない』ってのはどう言うことなんだい? 正直に話してみな?」


 温厚そうな見た目以上に良い人だ、ご主人。


「……ええと、現代日本の高校生が中世にタイムスリップ、というか。あるいは異世界への召喚……? ハナシには聞くけどまさか自分の身に起こるとはねー、ははは……」


「少年。君に一つ助言をしておこう。異国の者がここで生きていくには非常に重要な知識だ……」

「騎士殿! なんなりとお申し付けを!」


 ものは言ってみるものだ。そう、時代や場所が違えど、時に人情や人の心というのはそれを超える……。


 騎士は一呼吸を置いてから、言った。


「……狂人のフリをして逃げおおせられると思ったら大間違いだ。

 今、貴様の罪に騎士への侮辱が追加された! 寝言は寝て言え!!!! ここで死ねぇええええ!!!」


 正直に話した結果、新たな怪我が増える事が決定した。

 怪我で済めばいいんだが。



 口の中には鉄の味がする。顔の下には石畳の感覚。完全なるノックアウト負けだ。

 たぶん、今の自分の顔は人からは見られたものじゃないレベルで変形しているに違いない。体のあちこちだって痛い。

 痛みと脳震盪かで意識が朦朧として、とても立ち上がることができない。

 目の周りはロッキー1で15ラウンド戦った後のスタローン並みに腫れていて、正直視界は無いに等しかった。


 そのとき。


「ほら、肩を貸す。掴まりなよ」

 どこからか現れた声が俺の身体に腕をまわし、抱え上げた。

 誰だ? と思う。


「アイツらには……、アタシも結構やられてる……! 家まで連れて行くから、頑張って歩……っけ……!」


 フラつく足取りで俺はなんとか前へ進もうとした。

 腕に感じる感触は柔らかい、それだけで泣いてしまっている自分がいた。


「もう大丈夫だ。なんたって、アタシはさ……」

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