第49話 訪問者



「今日から、ここが俺の家だ」



 丘の上にある家の前で俺は思わずニヤけてしまった。

 憧れていた平穏な日々を送る為の場所を遂に手に入れたのだから。



 運び込んだ荷物の整理がまだ終わっていないが、既にこれから迎える生活への妄想が始まっている。



 まずは、なんと言っても家畜が飼いたい。

 ツオル山の中で野宿した時の夜兎ムーンラビットの味が今も忘れられないからだ。



 食事というものを初めて体験した俺は、それの虜になっていた。

 しかし、夜兎ムーンラビットは野生のものを捕ればいいので急ぎではない。



 先に畑作りか。

 肉以外の食べ物も食べてみたいからな。



 とにかくこれからの生活は、穏やかながらも忙しくなりそうだ。



「さて、お前達の部屋はどこにしようか」



「「えっ……」」



 俺は当たり前のようにそう言ったので、ルーシェとアルマは揃って目を丸くした。



「マ、マオ様、私を一緒に住まわせて下さるんですか!?」



 先にルーシェが驚きの声を上げた。



「これから色々と人手が必要だからな」

「でも前に……馬小屋ならいいって……」



「別にそっちがいいなら止めないが」

「い、いえいえっ! 中がいいですっ!」



 ルーシェはブルブルと首を横に振った。



「これで晴れてマオ様と一つ屋根の下……この新しい城から、とうとう新生マオ軍の進撃が始まるんですね」



「始まらないから。というか、お前にはメイドとしてしっかり働いてもらうからな」

「えっ……あっ、はい、お任せ下さい!」



 やる気満々だな、おい。



「あの……私は……その……」



 そんな中、遠慮がちに言ってきたのはアルマだ。



「お前も国に帰るのなら無理にとは言わない」



 すると彼女もルーシェと同じように首を振った。



「い、いえ、ご迷惑でないなら私もここに置かせて下さい。結局、邪竜を倒した……というか、説得なさったのはマオさんですから、このままでは私も国に帰れませんので……」



 彼女はそこで「つきましては――」と続けた。



「前にも言ったと思うんですけど、私に剣や魔法を教えては頂けないでしょうか? マオさんの下で修行したら、私、強くなれる気がするんです、ハイ」



 それはまあ……俺の中に聖剣があるから、側にいるだけで力が湧いてくるような気がするんだと思う。



 できればこの聖剣を彼女に返してやりたいが、その方法が見つかるまでは側にいてもらった方がいいだろう。



 下手に強敵に挑んで死なれでもしたら、俺のせいみたいで寝覚めが悪いからな。



「修行の件は分かった。それに元よりそのつもりだったわけだから遠慮するな。ただその代わり、この家で料理番をしてくれないか?」


「料理……私がですか……?」



「前に野生の夜兎ムーンラビットを捕って食べたことがあっただろ? あの時のアルマの肉の捌き方が凄く手際が良かったのでな。料理が得意なのでは? と思ったのだ」


「そうですか? なら、私でよかったら……」



 アルマは嬉しそうにはにかんだ。



「じゃあ決まりだな」



 二人の同居が正式に決まった所で、家の中での部屋割りを決める。



 リビングやキッチンなど共用スペース以外にも人数分以上の部屋があったので、一人一つずつ自分の部屋を持った。



 それが決まると早速、室内の掃除や運び込んだ家財の配置を行う。

 結構、物が多かったが、日が暮れる頃にはひとまず生活できるくらいまでに整えることができていた。



「これで一段落ですね」

「ああ」

「お疲れ様です」



 俺達は、リビングに置かれたテーブルセットで、アルマが入れてくれた茶を飲んで一息吐いていた。



 カップの中で揺れる琥珀色の飲み物は、シロンという植物の葉を発酵させて作ったものだという。

 その茶葉もカップもジモンが入居祝いにとくれたものだ。



 商品をたくさん買ってくれたからオマケだと言っていたが、明らかに質の良い物だ。



 どこまでも、いい奴である。



 さて、今日やるべきことはこれでお仕舞い。

 明日は家の外を中心にやってくか。

 少し納屋の屋根が傷んでいる箇所があったから、そこの修理かな。



 そんな事を考えながら寛いでいると、



 コンコン



 玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。



「ん……誰でしょう?」



 アルマが訝しげな表情で反応する。

 彼女がそうなるのも当然だ。



 まだ、この家に人が住み始めたことを知る人間はそう多くない。

 訪問者があること自体、珍しいのだ。



 考えられるのはジモンか、エマか、それくらいだが。

 ともかく、ドアを開けてみるしかない。



 ルーシェに目配せすると、彼女がそのように行動する。



 開けられたドア。

 その向こうに立っていたのは、見知らぬ少女だった。



 長い艶のある黒髪に凛とした顔立ち。

 歳は17、8に見える。



「この家に何の用だ?」



 すかさず、俺がそう尋ねる。



「マオ、お前に会いに来た」

「?」



 少女は愛想無く言い放った。

 しかも、俺の名前を知っている。



 それは人間としての名前だから、俺がマオと名乗ってから以降に関係してくる人間だ。



「……? お前は?」



 率直に聞いてみると、彼女はややふて腐れた様子で答える。



ドラゴンだ」

「ドラゴン……って、まさか……」



 すぐさま俺の脳裏に漆黒の鱗を持つドラゴンの姿が浮かび上がる。

 最近の俺に関係してくるドラゴンなど、考えなくてもアイツしかいない。



 そんな俺の心の内を悟ったのか、少女は先に口を開く。



「いかにも、私の名はマリーツィア。お前に諭された邪竜だ」



 かつての邪竜は小さな胸を誇らしげに張ってみせた。



「って、お前……メスだったのかよ!?」


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