第40話 星空を見上げて



 夜の帳が下り、焚き火の橙色の明かりが周囲の景色を穏やかに揺らしている。



 俺は倒木を椅子代わりにして腰掛け、炎の揺らぎをただなんとなく見つめていた。



 ルーシェとアルマは食事を終えた後、その満腹感とこれまでの移動の疲れから既に眠ってしまっていた。

 地面に布を敷いて、そこで仲良く寄り添うようにして寝ている。



 ふと俺は空を見上げた。



 そこには満天の星空が輝いている。

 その煌めきを見ていると、自分が今ここにこうしていることが不思議に思えてくる。



 自由で平穏な暮らしに憧れて人間社会にやってきた俺だが、気が付けばいつの間にか彼女達と旅をしている。



 おかしなものだ。

 だがそれも悪くはない。



 それに良く考えたら、俺のスローライフはまだ何も始まってないんだよな。

 色々ありすぎて、意識がそのことから離れていた。



 明日にはツオル山の山頂に着くはずだ。

 さっさと、やるべき事を済まさないとな。



 そんな事を思っていると、側でゴソゴソと物音がし始める。

 見ればルーシェが眠そうな目を擦りながら半身を起こしていた。



「んん……あれ? マオ様、まだ起きてたんですか?」

「ああ、まあな」



 彼女は立ち上がると、そのまま俺の隣に腰掛けてくる。



「あ、眠れないんですね? なら私がここで添い寝をして差し上げましょう」

「いらんわ!」

「では子守歌を……」

「それもいらん! ただなんとなく起きてただけだ」



 それに、ここに来る前に三百年も寝てたので、そうそう眠くはならない。



「お前こそ、ちゃんと寝とけよ。明日は早いからな」

「ふふ」



 すると彼女は、なぜだか意味ありげに微笑んだ。



「なんだよ……」

「いえ、最初にお会いした頃と変わられたなあと思いまして」



「ん?」

「私のことを突き放すようなことを言ってた頃からは、考えられない言葉かなあと」



「む……別に足手まといになると面倒だから言っているにすぎん」

「ふふ」



 彼女はまた笑った。



 その笑みを見ていると、ふと過去の記憶の中に同じ顔が浮かび上がったような気がした。



「ルーシェ、そういえばお前、過去に俺に会ったことがあると言ってたな」

「ええ」


「それは、どこでの話だ?」

「ザハス遺跡です」

「ザハス……」



 そういえば、そんな場所に行ったことがあるな。

 あの時はそう……やっぱり勇者が城に攻めてきて、どう対応しようかってなって。

 傷を負ったフリをして逃げるパターンを取ったんだった。



 それで一時的な潜伏先としてザハス遺跡を選んだんだけど……その時は追ってきた勇者に見つかってしまったんだよな。

 仕方なく相手をしたんだけど……そこで彼女に会ってたのか?



「確かに、ザハスには行ったことがあるな。しかし、あそこは砂漠のど真ん中だぞ。なぜそんな所に?」

「それは……」



 ルーシェは星空を見上げながら話し始めた。



「家出というか何というか……とにかく故郷から離れたかったんです」

「まさか本当に……はぐれエルフ」

「!? はぐれって言わないで下さいよ。自分から出てきたんですから」



「しかし、なぜ故郷を出る必要が?」

「私、精霊王の娘なんですけど、次期精霊王候補の一人という立場がプレッシャーというか、自分に合ってないというか……自分じゃない自分を演じるのが苦しくて……」



「せっ、精霊王!? お前が!?」



 さらっと普通に言ったが、精霊王と言ったらエルフ族の頂点に立つ存在。

 このちょっと残念な娘が、その候補だと言い出したんだから驚かずにはいられなかった。



「ほら、今マオ様が思った通り、私は精霊王っぽくはないんですよ。だからです」

「それで、家出中にたまたま俺に会ったと?」

「ええ、そうです。遠目からですけど、その時は勇者と対峙しておられました」



 その時の俺は適当に威力強めの魔力をかまして、追ってきた勇者を退散させた記憶がある。



「その際に見たんです」

「何をだ?」

「マオ様が勇者を退けた後、大きな溜息を吐いて『ふぅ……これで一段落……』って呟いたのを。それで、ときめいちゃいました」



「は?」



 こいつは何を言い出したんだ?

 確かに勇者を相手にしていない時の俺はいつもそんな感じだ。

 その時もそんな事を言ったかもしれない。



 だが、そんなことで何故、ときめく??



「ついさっきまで凄い迫力と威圧感で勇者と渡り合っていたのに、追い払った後、急に気が抜けたみたいになっちゃって。でもそれがマオ様の素の姿なんだなあとその時に分かったんです」



「それがどうして、ときめきに繋がる」

「本当の自分はそうじゃないのに、頑張って魔王を演じている――それが格好いいって思ったんです。私はエルフを演じることはできなかったから……」



 魔王を演じる貴方が素敵……ってか?



「しかし、それならお前もエルフを頑張ってみようって思うのが普通の流れじゃないのか?」

「そんなことはないですよ?」



「はい??」



「その格好良さに憧れてしまったんですから、私も魔の道に向かいたいと思うのが当たり前の流れですよ」

「全然、当たり前じゃない!」



 どうしてそうなった!?



 だが、自分じゃない自分を演じなきゃいけない場面は誰にでもあることだと思う。

 皆、それと折り合いを付けながら頑張っているのだ。



 彼女もダークエルフを演じることで、何かに折り合いを付けようとしているのだろう。



 ふと、側でスヤスヤと寝息を立てているアルマに目を向ける。



 こいつも勇者としての折り合いを付けようとして、付けられずにいる。

 ある意味、皆同じなのかもしれない。



「そうだ! 私が如何に志高く魔の道を目指しているか、ここで修得した闇魔法を一挙披露して見せましょう」



 ルーシェは闇色をまとった炎を手の中に現出させ、悪戯っぽく笑う。



「いらん! それはいいから、とっとと寝ろ!」

「ええぇー……」



 落胆の声が森の木々を抜けて行く。



 そのまま夜は更けていった。

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