第39話 野営をしよう



 再び元のルートに戻った俺達は、ツオル山の山頂に向けて歩き始めた。



 しかしながら、予定外の寄り道が多かった為、陽はとうに落ち、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。



「仕方が無い。今日はこの辺で野宿しよう」



 森の中にやや開けた場所を見つけたので、そこで足を休めることにしたのだ。



「わーい、キャンプ、キャンプ」



 若干一名、テンション高めだが、それはさておき……。



「お前ら、腹は減ってないか?」



「えっと……そういえば……」

「かれこれ長い間、何も食べてない気がします……ハイ」



 彼女達の腹は思い出したように「ぐきゅるる」と鳴り響いた。

 揃って恥ずかしそうに手で腹を押さえる。



 不老不死の俺は何も食べなくても問題無いが、こいつらはちゃんと食っておかないと明日も歩けないだろう。



「分かった。じゃあ何か食べられるものを探してくる」

「えっ、それなら私達も行きます!」



 ルーシェが気を遣ってそう言ってくるが、俺は手を伸ばし制止する。



「お前達は薪でも集めて火をおこしておいてくれ。それの方が助かる」

「そ、そうですか、分かりました」



 獲物を狩るなど大した手間ではない。

 寧ろ役割分担した方が効率が良いと考えたのだ。



          ◇



 俺は早速、近くの森の中へと足を踏み入れる。



 次いで魔力、感覚強化キィンを使い、周囲の気配を察知する。



 夜の森では動物達は寝静まり、活動しているのは一部の夜行性のものくらいだ。



 その中で食料になりそうなものか……。

 ん……これは……。



 草葉の陰に気配を感じる。

 恐らく、夜兎ムーンラビットだ。



 奴らは夜行性で、月明かりに反応して湧いてくる虫を主食としているらしい。



 そういえば人間はこの夜兎ムーンラビットを食べることがあるらしい。

 なら、こいつにするか。



 すぐさま俺は、手に集めた魔力を細い矢のように変化させ、その気配目掛けて放つ。



 ズシャッ



 少し先の草葉が揺れる。

 手応え有り。仕留めた。



 その場に行ってみると、灰毛の生き物が転がっていた。

 やはり夜兎ムーンラビットだ。



 俺はそいつを拾うと、野営地へと戻った。



          ◇



 俺が戻った頃には、既に火が焚かれていた。



 すぐに夜兎ムーンラビットを捌き、その火でシンプルに丸焼きにする。



 肉から滴り落ちる油分が炭に落ち、ジュッと煙を上げる。

 その煙が更に肉を燻し、燻製のような風味を付ける。

 皮の間に残る油は、肉の表面を炙り上げて見るからにパリパリになってゆく。



 食事の必要の無い俺が見ても旨そうだった。



「もういいんじゃないか?」



 俺がそう言うと、アルマがナイフで三人分に切り分けてくれる。



「マオさん、お先にどうぞ」

「おう」



 彼女から受け取ったそれを口元に持って行く。



 食欲を誘ういい香りだ。

 その欲求に従い、頬張る。



「ん……んまい!」



 思わず口に出てしまった。



 味付けというものを全くしていないが、素材そのものの旨さが遠火でじっくり炙られたことで出ている。



 驚いた。

 食事というものがこんなに心を満たすものだとは。

 想像以上の感動だ。



 興味はあったものの、実際には必要の無い行為なので〝食べる〟ということをやってこなかったが、これで俄然大好きになってしまった。

 家を購入したら、真っ先に畑で野菜を作って、家畜を飼おう。



「いただきます。はむ……はむ……んんっ、おいしいですね!」



 アルマも感激しているようだ。

 じゃあ、ルーシェはというと……。



「……」



 焼き立ての肉を前に体を硬直させていた。



「あ……そういえばお前、菜食だったな。うっかり忘れてた。何か代わりに食べられそうなものがあるかなあ」



 俺は周囲の森を見回す。

 果実とか野草とか、そんなのがあればいいが……。



 そんなふうに思っていると、



「だ……大丈夫です。こ、これをいただきますっ」



 言いながらルーシェはぷるぷる震える手で肉を持った。



「おいおい、無理すんなよ」



 こんな時までワイルドなダークエルフを演じようとしなくてもいいのに。



「だって、せっかくマオ様が私達の為に捕ってきて下さったんですから」



 そう言うと彼女は恐る恐る、肉を口元へ持って行く。

 彼女の小さい口が「はむっ」と焦げた肉の端に噛み付いた直後だった。



「んんんんんっっ!?」



 鼻に抜けるような声を出しながら、瞠目した。



「お、おい! 無理そうなら出せ! 今すぐ吐き出せ!」



「お、おいしいですっ!!」

「え……」



「こんなに……はむっ……お肉がおいひいものだったなんて……はむっ……知らなかったです……はむっ」



 物凄い勢いでがっつき始める。



「そ、そいつは良かったな……」



 それはルーシェが肉食を克服した夜だった。


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