第41話 ツオル山の頂
夜が明けると俺達は早々にキャンプを畳み、ツオル山の山頂を目指して出発した。
途中、難所らしい難所も無く、足取りも軽い。
ステータスがゼロのアルマだけは、ややバテ気味だったが、それでも昼前までには山頂に到達していた。
「ふぅ……やっと着きましたー」
「私……もう歩けません……」
到着するや否や、ルーシェとアルマの二人は雪崩れ込むように地面へ転がった。
「これから邪竜とやり合うっていうのに大丈夫か?」
「それはそうなんですが……体が言うことを聞かなくて……はふぅ」
アルマが伏せってしまうと、彼女の横でルーシェが辺りを見回しながら言う。
「でもマオ様、本当にここで合ってるんですかねえ。なんだか凄く平和そうな雰囲気ですよ?」
「ん……」
言われて周囲に目を向けると、確かにそこには、のどかな景色が広がっていた。
山頂は小さな岩ばかりが転がっている程良い広さの平地で、岩の隙間から覗く小花が所々で優しいそよ風に揺れている。
なんとも平穏な風景である。
とても邪竜が居るような雰囲気ではない。
「もしかして、マオ様に恐れを成して早々に逃げ出してしまったのかもしれませんよ?」
ルーシェが呑気に笑う。
だが、俺の感覚は捉えていた。
いる。
そんじょそこらの魔物とは桁違いの強大な魔力が、俺達の真下に。
「来るぞ」
「え……?」
「??」
彼女達がきょとんとした直後だった。
地鳴りと共に足元が揺れ動く。
「わわわっ……!?」
「な、なんですか!?」
身が飛ばされそうなほどの突風が巻き起こると同時に、崖の窪みから巨大な黒い影が俺達の頭上に舞い上がる。
ゆっくりと降下した巨躯は漆黒の翼を羽ばたかせ、鋭い爪で地面を掴む。
黒曜石のような艶のある体皮と、爬虫類のような金色の目。
それはまさしく
威圧感のある目が俺達を捉える。
「愚かなる人間よ。ここへ何をしに来た」
威厳に満ちた声が牙の合間から漏れる。
「「あわわわ……」」
それだけでルーシェ達は身を震わせ腰を抜かしていた。
「先に聞きたい。お前は邪竜マリーツィアか?」
俺は一歩前に進み出て尋ねる。
すると、少し間があって、
「いかにも、私の名はマリーツィア。人が邪竜と呼ぶ者だ」
「なるほど、では間違ってないな。俺達はお前を倒しに来た」
「……」
すると、またもや間があって、
「くっくっくっ……貴様もまた数多の愚か者と同じか。人の身で私に敵うとでも?」
「それは、やってみないと分かんないじゃないか?」
「……」
僅かな沈黙。
ってか、さっきから何なんだ?
いちいちしゃべる度に変な間が空いてさ……。
何か思案してるのか、それともそれがドラゴン独特の間の取り方なのか、良く分からないが、こちらのリズムが崩れる。
「これまで幾人もの冒険者達が私を倒そうとここへやって来た。だが、その誰もが己の浅はかな行為に後悔し、悪夢にうなされる後生を送っているという」
「んん? おかしいな。何でそんな見てきたみたいなことを言えるんだ? 悪夢にうなされてるかどうかだなんて分からないだろ。それともお前はその冒険者のその後を見る為に町へ降りたのか?」
「む……」
今、こいつ「む……」って言ったぞ。
なんか、おかしいよな……。
「とにかく俺は、家を買う為にお前を倒さなきゃいけない。覚悟してもらおう」
「やれやれ……」
「やれやれ?」
「む……こちらのことだ。それより……いいだろう命が惜しくないのなら相手になってやる」
「そいつはありがたい」
俺は剣を抜くと、刀身に
この剣で、あの硬そうな鱗に斬り付けたら簡単に折れてしまいそうだからだ。
ジモンのおっさんから預かってる大切なものでもあるし、実際そんなことになったら悲しむだろうしな。
「じゃあ遠慮無く行かせてもらうぞ」
俺は地面を蹴って飛んだ。
恐らく、あまりの速度に視覚が追いつけず、俺の姿は消えたように見えたに違いない。
実際、邪竜は驚いたように刮目していた。
「!?」
瞬時に背後に回り込み、後頭部目掛けて剣を突き刺す――が、
ガキィィィンッ
「っ……!」
巨大な翼が鋼のような硬さとなって俺の体をはたき落としにかかる。
俺は瞬時の判断で剣を使い受け流したが、そこはさすが神獣ドラゴン、普通の相手とはひと味違う。
元の場所へ舞い戻り、再び正面から対峙すると、邪竜は訝しげな表情で俺のことを見ていた。
「貴様……ただの人間ではないな?」
どうやら今の攻撃で分かってしまったらしい。
「なんのことだ? 俺は極普通の冒険者だが?」
惚けてみせると、邪竜は金色の目を細める。
「その身から溢れる禍々しい魔力……しかも底知れぬ。そんな魔力を持っているのは…………っ!?」
邪竜は目を見張った。
「まさか……貴様は……」
さすが神獣には誤魔化せないらしい。
奴は辿り着いてしまったのだ。
俺が魔王であると。
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