第21話 大特価、掘り出し物セール



「なんだ、兄ちゃんか」



 骨董屋に足を踏み入れるなり、カウンターにいた店主にそう言われた。

 客だと思って期待したら、さっき送り出したばかりの俺だったわけだから、そうもなる。



「その様子じゃ無事、冒険者になれたようだな」

「ああ、まあな」



 俺の顔色だけでそう判断したようだ。

 すると、彼はすぐに俺の横にいるルーシェに目が行く。



 この状況で彼女に意識が行くのは当然の流れだ。

 出て行った時にはいなかった人物が、今ここにいるのだから。

 逆にスルーされると気になってしまう。



「で、その嬢ちゃんは?」



 早速、尋ねられたので話そうとすると――、



「くっくっくっ……聞いて驚きなさい。私は、マオ様のいいなず……」

「メイドだ!」



 今度は先に言い切ってやったぞ。



 ルーシェは不満そうに唇を噛んでいたが、店主は納得した表情を見せる。



「ほう、メイドか。ということはやっぱり、兄ちゃんは良い所の坊ちゃんだったってわけか」



 これまでもギルドのエマに対して、そういうふうに話してきた。

 もう諦めて、彼に対しても貴族の坊ちゃんで行こうか……。



「そのことだが、訳あって身分を隠して行動している。この事は他言無用に願いたい」

「ああ、分かってるって。俺は昔から口が堅いと評判なんだぜ?」



 評判になるほどの口の堅さって言うのが逆に不安を誘うが……。

 ま、漏れることが前提の設定だから問題は無いけど。



「で、今度は何の用だ? 例の耳飾りの買い取りなら無理だからな」

「違う用事だ。剣を購入したい」



 店主は、まさか品物が売れるとは思っていなかったのか、一瞬反応が遅れる。



「剣なら、そのガラクタの山の中にいくらでもあるが」



 彼は壁際に無造作に積まれた買い取り品の山を視線で示す。

 確かに、壺やら農工具やら全く分類されていない品物の中に、剣の柄が突き出ているのが何本か見える。



「だが実際、剣として使い物になるとは思えねえがな」



 そこから試しに一本引き抜いて見ると、店主の言う通り、刃こぼれが酷く錆び付いているのが分かる。

 しかし、こんな剣でも俺が魔法付与で強化してやれば、それなりに使えるはずだ。



「どれもそんな感じだと思うぞ」

「問題無い。これで足りるか?」



 ルーシェからふんだくった銅貨二枚を差し出す。



「足りるも何も……そんなゴミで金は取れねえよ」

「いいのか?」



「ああ、そんなんでいいならいくらでも持ってけ。どうせ片付けるのが面倒で置いてあっただけだから手間が省ける」



 よもや、タダで手に入るとは思ってもみなかった。

 こちらとしては嬉しい限りだが、店主は渋い顔をしている。



「しかし、大丈夫なのか?」

「何がだ?」



「まさかとは思うが……それでクエストに挑もうってんじゃないだろうな」

「そのまさかだが?」

「……」



 店主は口を半開きにしたまま絶句していた。



「……おいおい、いくら元手が無いからって、そんな剣で冒険に出たら、あっと言う間に死んじまうぞ」



 いや、死にはしないと思うぞ。俺、不死だし。



「フッ……笑止! マオ様が死ぬなんてことが、あろうはずもありません」



 そうそう……って、お?



 そこで突然、ルーシェが分け入ってきた。



「マオ様に敵う者など、この世には存在しないのですから。剣だって、タダのお飾りですよ」



 店主は、急にしゃしゃり出てきた彼女に圧倒された感じになっていたが、すぐに同情するような視線を送ってくる。



「兄ちゃん……なんか……面白いメイドを連れてるんだな……」



 それは彼が最大限、気を遣った褒め言葉のようだった。



 それにエルフのメイドだしな……。



「ああ、こいつはちょっと変わってるんだ」

「な、なるほど……」



 店主はそれで、ルーシェのことはとりあえず気にしないと決めたようだった。

 そして改めて俺に向き直ると、珍しく真剣な表情を見せる。



「で、剣の話だが。実際、兄ちゃんは俺が思っているより強えのかもしれない。だが、ほぼ丸腰と変わらない装備でクエストに向かうって言い出した奴を『ああ、そうかい。気ーつけな』てなふうに他人事のように言えない質でね」



「止めるつもりか?」

「いいや」



 すると店主は「ちょっと待ってな」と言い残し、店の裏へと消えて行った。



 しばらくすると――彼は一振りの剣を持って戻ってきた。

 そいつを何も言わず俺に手渡してくる。



「特に質の良い物でもなんでもない、極普通のショートソードだ。だが、そこにある錆び付いた剣よりは幾らかマシだろうよ」



 試しに鞘から抜いてみる。

 古い物ではあるようだが、手入れはされているようで刀身は綺麗だ。



「いくらだ?」

「これからクエストに向かおうって言う奴が金なんか持ってないだろ。代金は出世払いでいい」



 そいつは助かる。

 錆びた剣を持ち歩くよりは遙かにいい。



 しかし、この剣。

 店内に置かれている商品と違って、エラく保存状態が良い。

 これなら売り物として店頭に置かれていても問題無いと思うのだが……何かそう出来ない理由でもあるのだろうか?



「もしかして、こいつは売り物じゃないのか?」

「厳密にはそうだな。なぜなら、俺が冒険者だった頃に使っていた剣だからな」



「……」



 ただの骨董屋にしては恰幅が良いと思っていたが、そんな経歴があったとは。



 そこで彼は、過去を思い返すように視線を床に落とす。



「若い頃の話さ。適正を見てもらったらギリギリだが足りててな。刺激ある冒険者の世界に憧れてたから迷わず登録したんだ。だが、俺には向いてなかったんだろうな……。始めて三回目のクエストでパーティ共々、死にかけてさ……。こんな危ねえことはゴメンだ……ってなって、それっきりさ……」



 彼は手を横に広げて自嘲する。



「とっとと商品として売っちまえばいいんだが……どうやら柄にも無く未練があるみたいでな。とは言っても、このまま納屋の肥やしにしとくのもどうかと思い……」



 だから俺に?

 そんな話を聞くと、なんだか余計に受け取りづらくなってきたぞ……。



「っと、しみったれた話になっちまったな。とにかく、そいつは兄ちゃんに預けるぜ」



「いいのか?」

「ああ、最初に兄ちゃんに会った時、こうなる気がしてたんだ。これも縁ってやつよ」



 彼は清々しい顔でそう言うので、俺はありがたくその剣を頂くことにした。



 早速、そいつを腰に差すと、店を出る為にマントを翻す。

 ルーシェも俺に合わせるように身を反転させる。



 だが、この場を去る前に聞いておきたいことがあった。



「あんたの名前を聞いておいてもいいか?」

「ん、俺か? 俺はジモン・バッシュ。ジモンでいい」



 彼はカウンターの向こう側で腕を組みながら言った。



「ジモン、また寄らせてもらう」

「ああ、構わないが、冷やかしはゴメンだぜ?」



 それで俺達は、互いに含み笑った。


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