第54話 愛しのココちゃん



 金鶏と思しき鳴き声が上がった場所へ向かった俺とルーシェ。



 気配を殺しながら森の中を進むと、前方の木々の合間に湖が見えてきた。

 辺りには穏やかな空気が漂っていて、水面には小波さえ立っていない。



 思わず、その景色に引き込まれそうになったが、寸前の所で踏み留まる。



「どうしたんですか?」



 急に立ち止まった俺にルーシェが尋ねてくる。



「静かに。いる」

「えっ? 何がですか?」



「すぐそこに見えるだろ。湖の畔だ」

「湖の畔って…………あっ」



 対象を視界に入れた途端、ルーシェの表情がニヤけてゆくのが目に見えて分かった。



「か……かわいいぃぃ……」



 吐息を漏らしながら瞳を輝かせていた。



 彼女がそうなるのも分かる。

 そこにいたのは、とても可愛らしい見た目をした鳥だったからだ。



 丸い体に円らな瞳。

 毛はふわふわのモコモコで黄金色をしていた。

 その姿は、まるで鶏の〝ひよ子〟だ。



 だが一番の驚きが、その体がことだった。

 ルーシェが両手を使っても抱えきれないくらいの大きさがある。



 俺はすかさず鑑定鏡を取り出して掛ける。




 名前:金鶏(成鶏)

 性別:メス

 種族:神鳥族




 よし、いきなり正解だ。

 しかもメス。ついてる。

 てか、あの見た目で成鶏なんだな。



 それに神鳥族って……今更だが、そんな鳥の卵食っても平気なんだろうか。

 旨いけど。



 それにしても、想像してたのと違って……でけえな。

 捕獲するのに苦労しそうだ。



 さて、実際その捕獲をどうやってするかだが……。

 ルーシェが期待できない以上、俺がやるしかないな。



 だが力尽くは駄目だ。

 あくまで同調と融和の方向で行くかしない。

 仲間だ、危害は加えない、そういう意志を伝える必要がある。

 だからといってさすがに鶏の演技をするわけにもいかず……。



 俺にできるショックを与えずに捕まえる方法って言ったら睡魔スリープの魔力くらいだろうな。

 金鶏を眠らせて持ち帰る。



 ただその方法だと、起きた時の環境が重要になってくる。

 目を覚ました時にストレスが掛かるような環境だった場合、途端に卵を産まなくなるかもしれないからだ。



 とりあえず今は、睡魔スリープで捕まえよう。

 目を覚ました時のことは、後で考えればいい。



「ルーシェ、お前はここにいろ。俺が睡魔スリープであれを確保する」

「は、はい、了解しました」



 うっとり金鶏を見ていた彼女は、我に返って返事をした。



 ターゲットは今、水辺で湖の水を飲んでいる。

 大分リラックスした状態で、こちらの存在には全く気付いていない様子。



 今なら素早く近付いて事を成せそうだ。



 よし、行くか。



 気配を完全に消し去り、不可視インビジブルで体を透過。姿を消す。

 これで準備完了。



 早速、繁みから足を踏み出したその時だった。



「へぷちっ」

「!?」



 側で可愛らしい声が上がる。

 ルーシェがくしゃみをしたのだ。



「あ……」



 彼女はしまったとばかりに固まっていた。

 しかもそれは金鶏にも気付かれてしまったようで、向こうもルーシェの姿を見て硬直していた。



 こいつは、まずいことになったぞ……。

 しかし、ここで手出しをしたら余計にまずいことになりそうだ。



 そのまま見守っていると、金鶏とルーシェは互いに目を合わせたままプルプルと震えていた。



「あわわわ……」

「ココココ……」



 多分、お互い同じ気持ちなのだろう。



 金鶏が少し後退ると、ルーシェも同様に後退る。

 金鶏が嘴をガタガタと震わせると、ルーシェも歯をガタガタと震わせる。

 金鶏が頻りに瞬きを繰り返すと、ルーシェも瞬きを繰り返す。



 そのうちに、金鶏が「コケッ……」と掠れた鳴き声を漏らした。

 それに対し、なぜだかルーシェも「コケッ……」と真似をした。



「!?」



 すると、金鶏の様子に変化が起きた。

 やや緊張が解け、ルーシェに対して興味が湧いたような仕草を見せる。



「コケ?」

「コケ?」



 問いかけるような鳴き声にルーシェも同様に答える。



「コケッコココ」

「コケッコココ」



 そんなことをしている間に両者は次第に歩み寄り始め、距離が段々縮まってゆく。

 そして最終的には――、



「コケコ!」

「コケコ!」



 笑顔で仲良く抱き合っていた。



 なんだこれ……。



「うわーココちゃん柔らかくてモフモフー」

「コケコーッ!」



 金鶏はすっかり心を許したようで、ルーシェとじゃれ合っている。

 あの様子なら、俺が出て行っても平気だろうか?



「あー……ルーシェ、不可視インビジブルを解いても大丈夫そうか?」



 消えた状態で尋ねると、金鶏がビクッなる。

 するとルーシェが、



「ああ、あれはマオ様です。ココちゃんに悪いことはしないですから大丈夫ですよ」



 と言って金鶏に言い聞かせる。

 実際、その言葉で落ち着いたようなので、俺は遠くに離れた状態でゆっくりと姿を現した。



「ルーシェお前、鶏語が話せたのか?」

「いえ、そういうわけではないんですけど、何となく雰囲気でそうしてみたら気持ちが通じたというか……そんな感じです!」



「……」



 雰囲気って……すげえ適当だな。

 そこはやはり精霊王の候補者ってことなのだろうか?



「ねー? ココちゃん」

「コケーッ」



 肩を寄せ合い楽しそうにしているその姿は、まるで友達のようだ。

 いつの間にか名前まで付けてるし……。



 予定通り金鶏を手に入れたのはいいが、ここまで仲が良い所を見せつけられると、



 卵が食いづらくなっちまったじゃねーか!



 そして、超が付く警戒心の高さはどこ行った!?

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まさか、この私が敗れるとは!(演技)と捨て台詞を残してから300年、魔王な俺が新人冒険者になったワケ 藤谷ある @ryo_hasumura

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