第53話 エルフの実力



「ルーシェ、今からお前に金鶏を捕獲してもらう」

「ええぇっ!?」



 ルーシェは驚きの声を上げた。



 無理も無い。

 一度、家に帰った俺は特に説明もせず彼女を手を引き、町の西側に広がる森まで連れてきた挙げ句、そんな指示を出したのだから。



「き……きんけい? って、なんですか? 怖いのだと無理なんですけど」

「大丈夫だ。魔物じゃない、ただの鶏だ」



「なーんだ、鶏ですか。なら問題ありません。この黒炎で骨も残らず燃やし尽くしてみせましょう。ふはははは」



 彼女は手に黒炎を揺らめかせながら高笑いをした。



「燃やすな! 卵が取れなくなるだろが」

「卵? ああ、今朝食べた卵ですか? なるほど、それで鶏」

「今頃気付いたのかよ……」



 大丈夫か? 先が思いやられるな……。

 卵の前にローストチキンを食う羽目になったら嫌だぞ?



「とにかく、その金鶏はショックを与えただけで卵を産まなくなってしまうような、とてもデリケートな動物だ。そこで森の動植物に造詣の深いエルフの力を借りたいというわけだ」



「そういうことですか。ならば、マオ様のお力になれるのなら喜んで! ……と言いたいところですが……実際、金鶏も知らなかった私で大丈夫なんでしょうか?」



 ルーシェは不安そうに答えた。



「知識じゃなくて、んーなんて言うか、ほら、良くあるだろ? エルフが森の動物達に囲まれて楽しそうに会話しているような絵面がさ」



「それはそういうイメージなだけで、実際に動物と会話なんてできないですよ?」

「そ……それはそうかもしれないが、森と共存する穏やかな空気のような魔力。そんな力がエルフにはあるはずだが?」



「精霊魔法ですか?」

「うむ、それだ。その魔法の中に動物を癒やしたり、荒ぶる心を鎮めたり、気配を抑えたりする魔法があったりするだろ」



「あるにはありますが……」



 彼女は言い難そうにしていた。



「何か問題でも?」

「えっと、上手くやれる自信が無いというか……」



「そんなことか。なら本番の前に練習をしておこうじゃないか。それで自信が付くだろ?」

「練習……ですか?」



 彼女は練習と言っても一体どんな? みたいな顔をしている。

 鶏を捕獲する練習。

 俺だってそんな練習をするのは初めてだ。



 だが、やらないよりはやった方がいい。

 シミュレーションは大部分に於いて役に立つからな。



 俺は、森の中にあるやや開けた草原の真ん中に立った。

 辺りには膝くらいまでの雑草が繁っている。



「俺が金鶏の役をやる。お前はそこの繁みに隠れて、俺に気付かれないように捕まえてみせろ」

「はい! 分かりました!」



 ん……なんか無駄に気合いが入ってるな。



「じゃあ、配置に着き次第――」

「マオ様、つかまえーたっ! ぐへっ」



 しゃべってる途中で彼女が抱き付いてきたので、頭を押さえて制止した。



「何してるんだお前は……」

「だって、マオ様に抱き付き放題なんですよね? こんなの無限ご褒美じゃないですか!」



「主旨が変わってるし! 真面目にやれ、真面目に」

「はーい……」



 咎められて彼女は渋々配置に着く。



 俺は草原の真ん中で目を閉じた。



「いつでもいいぞー」

「了解しましたー」



 ルーシェの声が少し離れた繁みの中から聞こえてくる。

 そこで彼女は精霊魔法を使い、気配を消し、森と一体化する――はずだったのだが……。



 なんか……俺の背後の辺りで物凄く圧を感じるぞ……。



 嫌な予感がして目を開け、後ろに振り向くと、繁みの中で陽炎のような闇がメラメラと立ち上っているのが見えた。



 気配が消えるどころか余計目立ってんじゃねえか!



「おーい、バレてんぞ」

「えっ……」



 ルーシェはハッとなって繁みの中から立ち上がり、辺りをキョロキョロと見回す。



 どうやら闇魔法の練習のしすぎで、使う魔法全てが禍々しい感じになってしまうらしい。

 それは精霊魔法も同様だった。



 駄目だ……こんなんじゃ捕まえる前にショックで卵を産まなくなっちまう。

 他に何か良い方法はないものだろうか……。



 ひたすら黙考していた、その最中だった。

 事は唐突。



 コケーッ



「!?」



 木々の合間にそんな鳴き声が駆け抜けた。



 あの鳴き声は……もしや……。

 いや、明らかに鶏の鳴き声だ。



 普通の鶏もそんな鳴き方をするが、金鶏以外の野生の鶏がこの森にいるだろうか?



 いや、いるかもしれないな……。

 だが、金鶏の可能性もある。



 捕獲の算段は何もできていないが、鳴き声がするのに確認しないのもどうかと思う。



 ともかく、この目で確かめておく必要があるだろう。



 そう思った俺はルーシェに告げた。



「移動するぞ」

「えっ……は、はい!」


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