第52話 鶏を求めて



 俺は旨い卵を産む鶏の情報を求めてジモンの店に向かった。



 その店だが……。



 あんなに物が山積みでゴチャゴチャしていた店内は、俺達が結構な量の買い物をしたせいで見違えるほどにスッキリとしていた。

 お陰で危うく目の前を通り過ぎるところだった。



 そんなふうに急に踵を返した俺の姿を店頭でニヤニヤと見守っている男がいる。

 ジモンだ。



 む……今の見られた!?



 彼はいつもの草臥れた格好ではなく、ピシッとした服装で髪も綺麗に整えている。

 とにかく潤った感が凄い。



 そんな彼の下へ何事も無かったかのように近付くと、向こうから言ってくる。



「見違えただろ?」

「見違えたな」



 通り過ぎるぐらいにな。



 その表情はとても嬉しそうに見える。



「ちょっと尋ねたいことがあってな」

「おっと、みなまで言うな。察しはついてる」

「おお、そうか」



 手を伸ばして俺の言葉を制止したジモンは得意気に続ける。



「あのベッドは見た目は古ぼけてはいるが、王都の職人が作った一級品だからな。寝心地は最高だと思うぞ」

「ああ、確かに。お陰でグッスリと眠れた……って、そうじゃなくて」



「じゃあ、あれだろ? 食事用のテーブル。あれも中々の品でな。王室で事務用机として使っていたものらしいぞ。天板の角が少し欠けているので廃棄したんだそうだ。だが物は悪くない」

「ああ、確かに。家庭で使うには充分な大きさだし、頑丈そうだ……って、そうじゃなくて! 卵だ! 卵!」



「おう、あれか。旨かっただろ?」

「ああ、旨かった」



 素直に答えるとジモンはニヒヒと笑う。



「あの卵はどこで手に入れたのかと思ってな」

「ん? それはあれだ、広場で毎朝、市が立つだろ? そこで買ったんだ。って……そんな事を聞いてくるってことは、あの味にハマっちまった口だな?」

「ああ、あれはヤバイ」



 俺が答えると、ジモンは嬉しそうにしていた。



「そうか、お前ならあの卵の良さを分かってくれると思ったぜ。だが、あの卵は毎回買えるわけじゃあない」

「どういうことだ?」



「あれは超級冒険者御用達の骨董屋店主、ジモンでも十日に一度しかお目にかかれない稀少な代物なのさ」



 十日に一度……って、結構普通に手に入るんじゃん! もっと貴重なものじゃないのかよ!?

 しかも、超級冒険者って……まさか、俺達のことを言ってるんじゃないだろうな……。



 彼が言うには、その卵を産む鶏というのは西の森に生息している野生のものなんだとか。

 羽は金色で、とても美しく、極上の卵を産むことで知られているという。



 森での山菜採りを生業にしている人が、その途中で運良く巣を発見して拾ったりしない限りは入荷しないので安定した数は出回らないらしい。



「なるほど安定して手に入らない理由は分かったが。それならその鶏を捕獲して飼えば、そんな面倒なことをしなくても、いつでも卵が手に入るんじゃないか?」



 するとジモンは首を振る。



「金鶏は警戒心が強くて見つかり難い上、すばしっこくて捕獲が難しい。そして何よりも難儀なのが、とてもデリケートなことだ」

「デリケート?」



「ショックを受けると一生、卵を産まなくなってしまう」

「……」



「ショックか……」

「ああショックだ……」



「厄介だな……」

「ああ厄介だ……」



 なるほど、そりゃ出回らないわけだ。



「しかし、よくそんなんで自然界で生きて行けるな。絶滅しててもおかしくないだろ」

「危険察知能力が尋常じゃないくらい高い上に、足も速いからな」



 鳥なのに足速いとか……。

 そんなんじゃ飼うという環境ですら金鶏のストレスになってしまいかねないな。



「というか、さっきから金鶏の話ばかりしているが、そんなにハマったんなら今度売りに出た時に確保しておいてやろうか? あの味を忘れられねえって言う奴は結構いるからな。気持ちは分かるぜ」



 ジモンの言う通り、市場に出たら買うっていう方法もある。



 だが、俺は諦めないぞ。

 俺はあの卵を毎日食べると決めたんだからな。



「ククッ……」



 難しいものだと聞いて、余計にやる気が湧いてきた。

 俺は自分でも顔がニヤけてきているのが分かった。



 恐らく魔王っぽさが多少なりとも出てしまったんだろう。

 そんな俺にジモンは訝しげに尋ねてくる。



「ど……どうした?」



「俺は、その金鶏を手にする最初の人間になる」

「!?」



 ジモンは目を白黒させていた。



「おいおい、さっきまでの俺の話を聞いてたか?」

「ああ」



「なら分かるだろ。飼うなんて無理なことが」

「無理な理由を一つずつクリアして行けば、いずれ可能に近付くさ」



 俺は力まずにそう伝える。

 解決策というのは案外ふとした時にやってくるものだ。



 ジモンはやれやれという感じで首筋に手をやる。



「そういう所は相変わらずだな……。しかし、そんなことができるのは人の気配を感じない者……森と共に生きているぐらいなもんだぞ」



「……!」



 その瞬間、俺はハッとなった。



 精霊だと?



 即、脳裏に見慣れた少女の顔が浮かび上がる。



 ははっ、精霊なら身近にいるじゃないか。

 精霊王の候補者が。



「礼を言う」

「は?」



 唐突にそう言われたジモンは、きょとんとしてしまった。

 そんな彼を置いて、俺は店を出る。



 と、そこで我に返ったジモンが叫ぶ。



「おい、どういうことだよ?」



 背中から問うてくる彼に、俺はしたり顔で返す。



「やれそうだ」

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