番外編

第51話 起き抜け



「ん……もう朝か……」



 俺はベッドの上で目を覚ました。

 死んだふりの時に300年寝て以来のまともな睡眠だ。



 窓辺から差し込む朝日と、室内に流れ込む森の空気。

 寝起きが気持ちいいのも、この新しい住まいの影響だ。



 このベッドの具合もとてもいい。

 ジモンの店で買ったものだが、案外質の良い物のようだ。

 やはり良質な睡眠を得るには、良質の寝具が必須。



 寝具といえば、この毛布の触り心地も最高だ。

 ふわっとしていて暖かく、それでいて柔らかく、ふにゅっとしていて――。



 ……ん? ふにゅ??



 毛布ってこんな感触だったっけか?

 いや、そんなことはないだろ。



 ってことは……。



 予感がして、俺は自分に掛かっている毛布を思い切り剥ぎ取った。



「っ!?」



 そこにあった光景を目にした途端、俺は固まってしまった。



 マリーが俺の体に寄り添うようにして寝ていたのだ。



「お前……そこで何をやってるんだ?」



 すると彼女は眠い目を擦りながら、不機嫌そうに言ってくる。



「何って、貴様が暖かい家がいいと言ったではないか。だからそのようにしているだけだ」

「それは喩えだ! しかも家じゃなくて俺を暖めてんじゃねえか!」



「ちっ」

「なんで舌打ちした!?」



「とにかく、そこをどけ」

「断る」

「なぜに!?」



「そ、それは……この状態が心地良いからだ……」

「え? なんて?」



 なんか、もにょもにょ言ってて良く聞こえない。

 というか、二度寝しようとしてるし!



 兎にも角にも、いつまでもこんな状態でいるわけにもいかない。

 さっさと退けてしまおう。



 そう思った時だった。



「マオさん、お目覚めですか? 朝ご飯ができてますよー」



 そんな声と共に、アルマが部屋に入って来たのだ。



「って、え……」

「あっ、いや……これはその……」



 俺に抱き付くように寝ているマリー。

 その光景を目にしたアルマは、口をあんぐりとさせたまま呆然としていた。



 と、そこへ、明るい声が近付いてくる。



「マオ様、おはよう御座いますってうえええええええええぇっ!?」



 ルーシェは部屋に入るなり絶叫を上げた。



「な、何をしてるんですか、マリー! マオ様に……そ、そのようなこと……無礼ですよ!」



 するとマリーは誇らしげに言う。



「これはマオが望んだことだ」

「そ、そうなんですか!?」



「んなわけあるか!」



 全力で否定すると、ドアの側で呆然としていたアルマがボソリと呟く。



「そういうの……イケないと思います……ハイ」



「……」




 俺は溜息を吐くと、マリーの首根っこを摘まみ上げてベッドから降ろす。



「それより、朝飯ができたんだろ? 早く食べないと冷めちまう。俺は昨日の夜から、それが楽しみだったんだ」



 そう言うと、アルマが嬉しそうに頬を染める。



「あまり大したものは作れませんでしたが……」



「誰かに作ってもらえる、それだけで美味しさが増すってもんだ」

「そ、そうですかね……」



 アルマの頬は更に朱を深めた。



「さあ、食おう、食おう」



 俺は立ち上がると皆を促した。

 揃って、ぞろぞろとキッチンの方へ向かう。



 そこには四人掛けのテーブルがあって、その上には四枚の皿が並んでいた。

 早速、椅子に腰掛け、「さて、どんな料理かな?」とワクワクしながら皿の上を見る。



 すると、目が点になった。



 そこには小さな目玉焼きが一つ載っているだけだったからだ。



 本当に大したものじゃなかった!



 ルーシェとマリーも俺と同様の反応で、その空気を察したアルマは申し訳無さそうに小さくなった。



「す、すみません……材料がそれしかなくて……」



 そういえば、昨日は家に家財を運び込むだけで終わってしまって、食材を買い出しに行く時間が無かったのだ。



 調理器具と竈はあるので料理はできるが食材が無ければ何も始まらない。

 この卵はジモンからお裾分けにもらったものなので、唯一の食べ物だったのだ。



「いや、アルマが謝ることじゃない。仕方の無いことだ。今はこれを食って、あとで町へ買い出しに行こう」

「はい」



 アルマは柔和な笑みで答えた。



 俺は特に何かを気にするわけでもなく、フォークで目玉焼きを突き刺し、一口でペロリと平らげる。



 するとすぐに、そんなふうにあっさりと平らげてしまったことを後悔した。



「な……なんだ、この卵……う、旨い」



 臭みの無い白身と濃厚な黄身が口の中で渾然一体となって、何も味付けが無くとも旨味がある。



 鶏卵というものを初めて食べたからかもしれないと思ったが、



「んんんっ!? ほんとですね! こんな美味しい卵は食べたことありませんよ、マオ様」

「ほう……これは中々だな」



 正面に座っているルーシェとマリーがそんなふうに言いながら目を輝かせている辺り、この卵の旨さは俺だけではないらしい。



 これは普通の鶏卵とはひと味違う、極上品なのだろう。

 作った本人であるアルマも、



「ほっぺたが落ちるくらいとろけちゃいますねぇ。この卵で作った料理はなんでも美味しくなっちゃいそうです」



 と、恍惚の表情を浮かべていた。



 こんな旨い卵を産む鶏に俄然、興味が湧いてきた。

 これが毎日食べられたら最高だろうな。



 ん? だったら毎日食べてしまえばいいんじゃないか?

 うん、そうしよう。



 思い立ったら即行動。

 俺は椅子から立ち上がった。



「決めた、この卵を産む鶏を飼う!」



「「「えっ……」」」



 彼女達は揃って呆然としていた。



「そういう訳だからちょっと言ってくる!」



「えっ……ちょっ!? どういう訳で!?」



 背中から呼び止めるルーシェの声が聞こえたが、俺は気にしないことにして家を飛び出した。

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