第50話 新魔王城



 驚く俺に対し、邪竜マリーツィアは不機嫌そうに、



「ふん、メスで悪いか」



 と鼻を鳴らした。



「それにこの姿を取るのには相当な魔力を使う。半分の力でそれをやってのけている私を褒めて欲しいものだな」



「ほう、それは凄い」

「む……」



 彼女は邪竜だった時のように口元を引き結んだ。

 どうやらこれは癖らしい。



 そんな邪竜……いや、彼女の姿を改めて見る。



 言われてみれば、長い黒髪といい、金色の目といい、邪竜の時の面影がある。

 髪の中にオーガのような小さな角の存在も確認できた。



「で、俺達に何か用か?」



「マオ、貴様はこれからも冒険者として身を立てて行くのだろう?」

「ああ、とりあえず今はそうかな」



 すると彼女は意味深に、



「ふふっ……仕方が無いな」



 と小さく笑う。

 そして得意気に胸を張った。



「冒険者として生計を営み金を稼ぐには、あらゆる知識や力が必要だろう。そこで神の知恵と力を兼ね備えた私が慈悲の心を持って、お前達のパーティ入ってやろうではないか。ああ、仕方無い。実に仕方が無い」



「……」



 なんだこれは……。

 実は邪竜マリーツィアはかなり残念な子なのか?



「私はとても忙しい身だが、必要とされている内が花だからな。どうしても言うのなら……」

「いや、間に合ってる」

「うえぇっ!?」



 マリーツィアは落ち着いた容姿に似合わぬ頓狂な声を上げた。

 しかも俺の答えが予想外だったのか、かなりオロオロしている。



「い、いや……で、でも……」

「とりあえずの目標である家は買えたし、あとはそれなりに慎ましく生活して行けるだけ稼げればいいかなと思ってるんで、これ以上は人手はいらないかな」



「が……」



 彼女は口を開けたまま固まってしまった。



 しかし、しばらくすると玄関近くの壁に額を付けブツブツと何かを呟き始める。



「好きにしろって言ったのに……好きにしろって言ったのに……好きにしろって言ったのに……」



「……」



 なんだが呪いのようにも思えてきたぞ……。

 確かに邪竜を討伐したことにした時、



「これでお前は自由だ。あとは好きにすればいい」



 とは言ったが、まさか俺の所に来るとは思ってもみなかった。

 彼女、今では壁に手を突いて酷く落ち込んだように項垂れている。



 そりゃあ今まで何も疑問に思わず邪竜という役割を正直に担ってきた彼女が、急に自由にしていいと言われたんだ。

 何をやったらいいのか分からなくて、不安に陥ることも充分に考えられる。



 現に彼女は迷っていて、助けを求めるようにここへやって来たのだろう。



 なら、その道標を自分で見つけるまで、助けになってやるのが俺の責任じゃないだろうか?



「おい」

「……なんだ」



 振り返った彼女は物凄く落ち込んだ顔をしていた。

 とても威厳ある邪竜の顔じゃないぞ……。



「俺が買ったこの家、こぢんまりとしている割りには結構広くてな。吹き抜ける風が寒すぎてちょっと困ってるんだ」

「それって……」



「ドラゴンくらい大きなのが家にいた方が暖かくていいんじゃないか?」

「……」



 マリーツィアはずっと黙っていたが、そのうちに瞳が潤み始めたのが分かった。

 しかし、すぐにそれを拭い去ると、



「そんなに寒いなら、いつでも灼熱の吐息ファイアブレスをお見舞いしてやるぞ」

「家が燃えるだろが!」



 せっかく手に入れた家を燃やされたりでもしたら、たまったもんじゃない。



 それはともかく、俺はマリーツィアをここに置いてもいいと思った。

 あとはルーシェとアルマが受け入れるかどうかだが。



「そんなわけで彼女をこの家に住まわそうと思うんだが、お前達は仲良くやれそうか?」



「はい、大丈夫です!」

「私も異論は無いです、ハイ」



 案外、簡単に受け入れた。

 それだけじゃなく、



「じゃあマリーツィアは長いので、マリーと呼ぶことにしましょう」

「いいですね、それ」

「マ、マリー……私が……」



 早速、呼び名を決めたようだ。

 マリーも満更ではない様子。



 なんだろうな、この溶け込みようは……。

 ちょっと前まで互いに戦ってたのにな。

 切り替えが早いというか、なんというか。



 それにしても、いつの間にやら俺の周りにはとんでもない面子が揃い始めている気がする……。



 精霊王の候補者であるダークエルフ(自称)。

 聖剣を持たないステータスゼロの勇者。

 破壊神が遣わした邪竜。



 そして魔王である俺。



 そんな灰汁の強い奴らが一つ屋根の下で暮らしているなんて、誰が信じるだろうか。



 多分、誰も信じない。




                      〈田舎暮らし準備編 了〉


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