第24話 こちら魔王清掃サービス



「これから俺達で、この家を掃除する」

「はい?」



 ルーシェは一瞬、目を丸くしたが、すぐにニヤっと笑う。



「あ、分かりました! その文字通り、あの不逞な輩を掃除してしまおうというわけですね」

「違う、そのままの意味だ。あの家の中を清掃する」



「え……」



 すると彼女は困惑した表情で首を傾げる。



「なんで私達が、あんな奴らの世話をしなければならないんです?」

「どちらかというと、世話をするフリと言った方が正しい」



「なんだ、フリですか」



 それを聞いて彼女は安心したようだった。

 ホッとしたような息を吐く。



「清掃業者に扮して中に侵入するんだ」

「はあ。でも、なんでわざわざそんな事するんです?」



「これは前にも話したと思うが、俺は俺の正体を隠して静かに暮らしたいんだ。だから何事も穏便に解決したいと持っている。これはその為の策だ」



「なるほど、分かりました」



 なんだ……? 今回はヤケにすんなりと受け入れたな……。

 まあ、それならそれでいいか。



 早速、俺達が演じる筋書きシナリオを彼女に伝える。



 その内容はこうだ。




 まず俺達は清掃業を営むなんでも屋的な二人組に扮し、家の扉を叩く。



 奴らは恐らく居留守を使うだろう。

 そして、いつでも対処できるよう身を潜め臨戦態勢を取るに違い無い。



 ここで無理に中に入ろうとすれば、確実に戦闘に発展する。

 それは避けたい。



 なので彼らの気を惹くような事柄を投げ掛け、なんとか玄関口まで誘き出す。



 だが、それだけでは中には入れてくれないだろう。

 見るからに空き家っぽい場所に訪問客があることが不自然であるし、不審すぎるからな。



 奴らは当然、自分達を捕らえにきた者ではないかと疑い始めるだろう。

 だから俺はその疑いを逆に利用して彼らの心に付け込む。



 そこは俺の演技の見せ所だな。




「そして、なんとか室内に入れた所で、ルーシェ、お前の出番だ」



「えっ!? 私ですか?」



 思ってもみない時に急に振られたので、彼女は目を白黒させた。



「お前が前に見せてくれた燭光トーチの魔法があるだろ? アレって、もう少し強めにできないか?」



「強め……といいますと?」



「闇色の光を放つ、お前の燭光トーチは周囲を少しだけ暗くする効果があっただろ。あれをもっと暗くできないかって聞いてるんだ」



「できないこともないです。それに室内でしたら、ある程度効果は上がると思います。でも……MP消費が激しくなるので、そんなに長くは持たないですよ?」



「それでいい、一瞬だけでも目眩ましになれば問題無い」




 その隙を突いて、俺は囚われの少女を救出。



 盗賊達は目の前が真っ暗になったことで、まるで走光性のある虫のように光を求めて家の外へ飛び出すはずだ。



 そこを背後から軽く小突いて気絶させ、捕縛してしまえばこの件は完了。

 彼らが目を覚ました時には、衛兵詰所にでも突き出されていることだろう。



 何が起きたかなんて詳細には分からないはずだ。

 そこで直前に会った怪しげな清掃人のことを供述しても、相手にはされないだろうからな。



「とうとう、私にマオ様のお役に立てる時が来たんですね。頑張ります!」



 ルーシェは腕を回して張り切っている。

 だが、



「やる気があるには越したことはない。しかし、今から俺達は清掃人だ。そんな戦闘意欲満々で挑むわけにはいかない」

「あー……で、ですね」



 俺は彼女の服装を確認する。



 緑色のチュニックに簡素な胸当て、ロングブーツという出で立ち。

 背中には短弓ショートボウ、腰にはカバー付きの短剣ダガーを差している。



 到底、清掃人とは言えない風貌である。



 そうやって見回していると、ルーシェが赤い顔をしてモジモジとしているのが分かった。



「あ、あの……私の体に何か?」

「ん……あっ、いや、その格好ではまずいと思ってな。何か羽織れるようなものは持っているか?」



「防寒用に薄手のローブなら持ってますけど?」



 そう言うと彼女は手持ちの荷物からそれを取り出し、広げて見せてくれた。



「それでいい。あと、武器類は全部ここに置いていけ」

「え……」



 彼女は一瞬、戸惑った。

 身を守る為の物を置いて行くというのは不安なのだろう。



 だが、納得したのか、すぐ言われた通りに武器を外すと、それを草木の中へと隠した。



 俺はというと、身に付けているマントをローブのように体に巻き付け、それで身形を分からなくした。

 剣は当然、置いて行く。



「じゃあ、早速始めようか」

「は、はいっ……」



 ルーシェの声が上ずっている。

 珍しく緊張しているようだ。



 こういう場面には慣れていないのか、普段はダークエルフとして悪ぶっているのに、今の彼女は普通の少女にしか見えない。



 そんな彼女の姿を見ていると、柄にも無い言葉をかけてしまう。



「無理そうならば俺だけで行くが?」



「い、いえ、大丈夫です」



 俺の問いかけで、ルーシェは気持ちを引き締めた様子だった。



 その意志を確認すると、二人で空き家(であるはず)の玄関の前に立つ。



 そして俺は、目の前の扉をノックした。


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