第6話 貴族の坊ちゃん
「なっ……なな……な……」
骨董屋の店主は床に尻餅を突いたまま呆然としていた。
なんだ、どうした?
何も無い所で転ぶなんておかしな奴だな。
そんな彼に俺は問いかける。
「どうだ? そこそこの値が付きそうか?」
「ばっ……馬鹿言うなっ!」
「?? 買い取ってくれないのか?」
すると店主はようやく身を起こし、俺を見据える。
「当たり前だ、こんなもん買い取れる金はうちにはねえよ!」
「それはどういう……?」
「いいからこいつを見てみろ」
店主は呆れ顔で鑑定鏡を覗かせてくれた。
そこには価値、一億Gの文字。
「一億G? これが?」
価値を知ってもあんまりピンとこない。
正直、人間の貨幣をあまり使ったことがないので、その感覚がよく分からないのだ。
それに貨幣の価値なんて三百年の間に変動するしな。
ただ店主の反応から、とてつもない値打ち物ってことだけは分かった。
「この店を丸ごと売り払ったって、これっぽっちの足しにもならねえよ。そいつを買い取れるのは王様くらいなもんだ。あぁ……持ってるだけで手が震えちまう。と、とにかく、こいつは返しとくぜ」
店主は、まるで危険物でも取り扱うような慎重さで俺に手渡してくる。
マジかー、予定が狂っちまったな。
勇者が身に付けていたものだから、ある程度の価値はあると思っていたが……。
まさか価値があり過ぎて、買い取って貰えないとは予想できなかった。
「というか兄ちゃんこそ、こんなもの一体どうしたんだ? 王立博物館に収蔵されてあってもおかしくない国宝級の代物だぞ」
「え……」
勇者の奴は、そんなものを身に付けてその辺をブラブラしてたのかよ。
歩く博物館状態じゃないか。
しかし、こんな結果になるとは思ってなかったから、所持理由を全く考えてなかったぞ……。
「あー……なんていうか、親の形見みたいなもんだ」
「ほう」
咄嗟に出たのはそんな言い訳だったが、思いの外、店主は納得したようだった。
「ということは兄ちゃん、どっかの貴族の生まれか? なるほど、ならばそのくらいの物を持っていてもおかしくはないかもな。それに鑑定鏡を知らないくらいだからなあ、相当世間知らずのお坊ちゃんとみた。あ……っと、これは失礼……」
彼は調子に乗って言い過ぎたと気付いたのか、ふと口元を押さえた。
まさか……この俺が貴族の坊ちゃん!?
これでも一応、魔王なんだけど。
「ともあれ、そんなお坊ちゃん……いや、兄ちゃんが、こんな鄙びた町で形見の品を売ろうってんだ、何か人には言えない事情がありそうだな」
「あぁ……まあ……」
「心配すんな。聞かないでおいてやるよ」
「……」
店主は気を回したつもりでいるいようだ。
俺にとってもそっちの方が都合が良いから、そのままにしておくか。
だが、こいつが現金化できないとなると、今後の生活に影響が出てくるなあ。
さて、どうしたものか……。
耳飾りをポケットに仕舞い込みながら考える。
店主が言ってたように王様に買い取ってもらうか?
いや、でも……それはさすがに厳しいか。
行動として目立ち過ぎる上に、わざわざ警戒が厳重な場所に赴くのも気が進まない。
こいつを換金するって案は一先ず封印だろうなあ……。
となると、別の方法で金を手に入れなければならない。
何かこう、サクッと儲かる話みたいなのはないかなあ。
目の前の店主に聞いてみてもいいが、そんな儲け話があるのなら彼も骨董屋稼業で嘆いてはいないだろうしな。
しかし、何かの情報は得られるかもしれない。
望みは薄いが一応、尋ねてみるか。
「一つ聞きたいのだが」
「ああ、皆まで言うな。兄ちゃんの言いたいことは分かる」
「?」
店主は手を前に伸ばして俺の言葉を制止した。
「急な入り用なんだろ? 大方、即金で稼げるような話はないかって聞きたいんだろうよ」
「まあ、そうなんだが……」
「そんな上手い話はねえ! ……って言いたいところだが、一つだけあるぜ。自分の腕次第で如何様にでも稼げる場所が」
「本当か! それはなんて言う場所だ」
俺が乗り気になると店主は含み笑う。
そして、その名を口にした。
「冒険者ギルドさ」
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