第5話 魔王、町へ出る



 俺は持っている中で一番地味な服装に着替えると、魔王城を出発。



 瞬足スイフトの魔法で森を駆け抜け、一番近いであろう町までやってきていた。



 小規模ながらも商店や露店が並び、人々の営みを感じる。

 そんな町の姿を見渡しながら、ふと思う。



 いやあ、三百年経ってもちゃんと同じ場所に町があって良かったー。



 それにしても、一見した感じ文明程度はあまり変わってないように見えるが……。

 俺もそうそう城の外へ出ることなど無かったから、実際のところどうなのかは分からないけど。



 まあともかく、この騒がし過ぎず、こぢんまりとした雰囲気は嫌いじゃない。

 良い物件があったら、ここに住んでみるのもありかもな。



 と、その前にまずやる事がある。



 金だ。



 人間の社会は何をするにしても金が必要だからな。

 その為にも、まずはこいつを換金したい。



 俺は手の中にある小さな耳飾りに目を向けた。



 銀の輝きを放つ金具の中に紅い宝石が据えられている。



 これは大昔に勇者の一人が落としていったものだが、持ち主はもうこの世にいないだろうし、今更誰かが取りに来ることもないだろうから、俺がありがたく使わせてもらうことにしたのだ。



 それなりに値打ちがありそうだし、一月分の生活費くらいにはなるだろう。



 なので、どこか買い取りしてもらえるような場所はないかなーっと思いながら周囲を見渡していると、軒下に壺やら鎧やら統一感の無いものが山積みになっている店を発見する。



 あれはいわゆる骨董屋ってやつか?

 あそこなら買い取って貰えそうだな。



 そう判断した俺は店の中に入ってみる。



 中は外以上にカオスだった。

 ありとあらゆる物が天井まで積まれていて、いつ崩れてきてもおかしくない状態。

 錆びた剣とか、良く分かんない人形とか、農工具とか、もう目茶苦茶だ。



 足の踏み場も無い状態だが、僅かに存在する通路らしきものの先にカウンターが見える。

 その向こう側に店主と思しき壮年の男が座っていた。

 彼は気怠そうに言ってくる。



「あー欲しいものがあったら先に言ってくれ。勝手に触ると雪崩に巻き込まれて死ぬことになるからな」

「……」



 そんな大袈裟な。

 とは思いつつも体を細くしながら狭い通路を抜ける。



 そしてカウンターの前に立つと、店主に向かって手の中のものを見せた。



「こいつを買い取って貰いたいのだが、可能か?」



 すると店主は耳飾りを見ながら残念そうに呟く。



「なんだ、そっちか」



 どうやら買い取りは歓迎されないらしい。



 マジか。

 なら、ちょっと引いてみせたらどう出るだろう。



「無理そうなら他へ持って行くが?」

「あー待て待て、気が早いな兄ちゃんは。見るだけ見てやるよ」

「……」



 その気があるのか無いのか、どっちなんだ?

 とにかく買い叩かれることだけは避けたい。

 その辺は注意しておかないとな。



「少し買い取り価格に色を付けて貰えるだろうか」



 そう言いながら店主に耳飾りを渡すと、彼は怪訝そうな表情をみせた。



「色を付けるだって? 兄ちゃんは鑑定鏡かんていきょうってものを知らないのか?」



「かんてい……きょう?」



「ったく、どこの田舎の生まれだよ。いいか、こいつを見てみな」



 店主は手元の引き出しから虫眼鏡のようなものを出してくる。

 どうやらそれが鑑定鏡らしい。



 彼はカウンターの上に置いてあった一個の林檎(恐らく、彼の腹に入る予定だったもの)に、その鑑定鏡を向けた。



 するとレンズを通してみた林檎の表面に文字が現れる。




 品名:林檎

 種別:果物

 重量:260グラン

 価値:80G




 これは……魔力が付与されているのか。



 どうもその鑑定鏡というやつは魔道具の一種らしい。

 レンズを通して見た物の詳細を閲覧することができるのだ。



 そんな魔道具、昔は無かった気がするが……三百年の間に一般的になったのだろうか?



「こいつのせいで、物の価値がすぐに分かっちまうからな。元の価値に十パーセント以上、上乗せしたものはそうそう売れやしないのさ」



「なるほど、それで」



 俺は積まれているガラクタ……もとい、商品を見ながら呟いた。



 いらん物まで買い取った結果が、これという訳か。



「工面に困った! そんな輩が持ってくるものを仕方無しに買い取ってやっていたら、この有様さ。それでも少しでも売れてくれりゃあ、やって行けるんだが」



 この店主、第一印象は胡散臭い感じがしたが、案外、いい人なのかもしれないな。



「まあ、こんな所に持ち込んでくる奴らの理由は大体同じさ。兄ちゃんもそうだろ?」

「ん……まあ、そんなとこだ」



 工面という点では、あながち間違っちゃいない。

 そういうことにしておいても問題は無いだろう。



「じゃあ、ちょいと見てみるか。こういった宝飾品はご婦人方に、それなりに需要があるからな。ある程度の品なら買い取ってやってもいいぜ。どれどれ……」



 店主は言いながら鑑定鏡で耳飾りを覗く。

 すると――、




 品名:聖刻の耳飾り

 種別:アクセサリー(SSR級)

 材質:ミスリル(SSSランク品)

    高純度魔法石(SSSランク品)

 装備効果:永続魔法耐性

 価値:100,000,000G




 ガタタッ



 突如、大きな物音が上がった。

 店主が椅子から滑り落ちたのだ。



「い…………いっ…………いち……おくっ!?」



 店主は思っても見なかった鑑定結果に腰を抜かしていた。


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