第19話 見た目は重要



 邪竜マリーツィア討伐のクエストを受けた俺は、とある場所に向かって街路を歩いていた。



「あのー、どこに向かわれてるんです?」



 やや斜め後ろをついてきているルーシェが不思議そうに尋ねてくる。



「武器屋だ」

「武器屋……ですか? そのような場所に何の用が? 万物の頂点に立つマオ様に武器など必要とは思えませんが……」



 そこまで口にしたところで何かを思い付いたようで、ポンと手を叩く。



「あっ、分かりました。店頭にある、ありとあらゆる武器に魔王様の紋章を密かに施しておき、実際に人間がその武器を使おうとした際に紋章が発動、『魔物を倒す為の我が剣が、既に魔王の手中にあったとは!』と気付いて愕然とし、戦う前から戦意を喪失する訳ですね」



「んなわけあるかっ」



 よくそんな無茶苦茶な発想が出てくるな……。

 仮にそういう目的があったとしても、そんな回りくどいことする必要性を感じない。



 というか、さっきから魔王、魔王、連呼しやがって……。

 周りに誰もいないからいいものを……完全にさっきの取り決めを忘れてるだろ。



「剣士を名乗っている以上、剣の一本も持っていないとおかしいだろ?」

「な、なるほど……」

「それより、お前の方こそどうなんだ?」

「え、私ですか??」



 彼女は、指摘されるようなことがあったかな? というような態度でいた。



「職業ダークエルフ、とかいう訳の分からんものにしただろ。それで大丈夫なのか? いずれどこかで突っ込まれるぞ」

「ああ、それのことですか。なら全然大丈夫ですよ」



 彼女は、のほほんと笑った。



「私はマオ様と過ごす、このような日々がいつ来てもいいように、ダークエルフとしての猛特訓をしてきたのですから」

「猛特訓だと……?」



 ルーシェは「ふふん」と鼻を鳴らしながら胸を張った。



「では、その成果の一端をここでお見せしましょう」

「……」



 なんだか嫌な予感しかしないが、ともかく見るだけ見てみよう。



 ルーシェは胸の前に両手を持ってくると瞼を閉じ、精神を集中させ始める。

 どうやら魔法を使う気らしい。



 こんな街中で? とは思ったが、動いている魔力の量からすると極規模の小さな魔法だということが分かる。



燭光トーチ



 彼女は片手を前に伸ばし、そう呟く。

 案の定、周囲に明かりをもたらすだけの無害な魔法だ。



 魔力が彼女の手の平の上に集まり、灯火の球体を作り出――――す??



「な、なんだそれは……」



 出来上がった奇妙な魔法の姿に、俺は困惑してしまった。



 燭光トーチと言えば、周囲を照らす明かりを作り出す魔法だ。

 しかし目の前のそれは、陽炎のような煙が渦巻く、ドス黒い球体だったのだ。



「えっ、今言ったじゃないですか。燭光トーチですよ?」

「そんな燭光トーチがあるか!」



「うーん、正確には燭光トーチ、ダークエルフバージョン! ですかね」

「ダークエルフバージョンって……この魔法は一体、何の意味があるんだ?」



 このドス黒い球体、燭光トーチと言いながらも全く光を発していない。

 ただの黒い煙の塊だ。

 魔法としての用途が分からない。



「通常の燭光トーチと逆で、明るい場所がちょっと暗くなります」

「は?」



 なんだ……その使えない魔法は……。

 しかも、ちょっとって……。

 そういや、なんか俺達の周りだけ日陰みたいになってるぞ……。



「こんなの日除けぐらいにしかなんないじゃないか」



「それだけじゃないですよ? このおどろおどろしいほどに蠢く闇、見ているだけで怖気が立ちませんか? ダークエルフが使う魔法っぽいでしょう?」

「まさか……その魔法、見て呉れだけとか言うんじゃないだろうな……」



「何言ってるんですか、見た目は重要ですよ? 暗黒魔法の八割は見た目で決まると言っても過言ではありません」

「……」



 暗黒魔法に失礼だ! 全世界の暗黒魔法使いさんに謝れ!



「基本的な魔法は全部、この闇色の視覚効果エフェクトを付けることに成功してます。でも、この視覚効果エフェクトに多大な魔力を割いてしまっている為、MPをかなり消費してしまうのと、本来の魔法より大分効果が弱くなるのが難点なんですけどね」



「本格的に使えねぇじゃねえか!」



 彼女は、髪を銀髪に脱色したりとかもしてるし、とにかく見た目から入るのが重要らしい。



 今の俺も見た目だけ剣士に見せようと、剣を得ようとしている訳だから、ある意味同じなのかもしれないが……。



「とりあえず、その魔法はしまっとけ。さっさと武器屋に行くぞ」

「えっ、あっ……ま、待って下さーい」



 俺は一人、歩き始める。

 ルーシェは急いで燭光トーチの魔法を止めると、慌てたように後を付いてくるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る