第14話 冒険者という簡単なお仕事
ギルド内は一種異様な空気に包まれていた。
俺がAランク冒険者のバルドをあっさりと吹っ飛ばしてしまったからだ。
幸い奴に大きな怪我はなく、気を失ったくらいで済んだらしい。
とはいえ、足払いのみで魔力防壁まで破壊してしまったのは彼らにとって大きな衝撃だったようだ。
ここはまた貴族家に伝わる窮鼠猫を噛む的な足払い術でも、でっち上げるしかなさそうだな。
だがそれも、いつものことだ。問題は無い。
それに、そういうのを実際考えたり、演じたりするのは案外、楽しかったりする。
なので早速、受付カウンターに手を置いて、さっきの対戦をあたかも死闘であったかのように語り始めようとした。
すると、
「では、冒険者カードをお作りしますね!」
受付嬢のエマがカウンターの向こう側でニコニコしていた。
「……」
俺が冒険者登録できるようになったことが何よりも嬉しいようで、彼女にとっては先程の戦いで起こった出来事は些細なことでしかないようだ。
そういえばずっと親身になって考えてくれていたものなあ……。
フロア内にいる冒険者達は、なんだか落ち着かない様子でいるが、彼女とギルドが受け入れてくれるというのなら、それでいいんじゃないかと思う。
なので流れに乗ってしまうことにした。
「良きに計らえ」
「よ……よきに……?」
エマにとって聞き慣れない言葉だったのか困惑の表情を見せた。
だがすぐに柔和な笑みを取り戻し、何事も無かったかのように登録作業を進める。
「えーと……まず先に、これをお渡ししておきますね」
そう言って彼女はトレイに載せた
「これは?」
「冒険者登録をした方には、ギルドからこの鑑定鏡を配布する決まりになってるんですよ。クエスト中は何かと情報が必要になってきますからね。これがあると便利かと思います」
「なるほど」
確かに便利なアイテムだが……俺に使う機会はあるだろうか?
でも、貰っておいて損は無いな。
そう思いながら、そいつをポケットに収める。
「それで冒険者ランクについてですが、Aランクのバルドさんを倒されましたので、暫定Aランクということで…………宜しいんですよね?」
なぜかエマは、俺ではなく、カウンターの端の方に向かってそう尋ねた。
見ればそこには酒の入ったグラスを片手に、鼻の頭を赤く染めて良い感じに酔っ払った白髪の老人がいた。
目深にフードを被ってはいるが、手元には見覚えのある杖がある。
この人はもしや……先の対戦の立ち会い人、ギルドマスターのホレスか!?
普通に溶け込んでたから気付かなかったぞ……。
彼は手招きでエマを近くに呼び寄せると、何かを耳打ちする。
「フゴフゴ……」
さっきはハッキリしゃべってたのに、また元に戻ってるし。
あれはショックで一時的に声が出ただけか?
ぼんやりその様子を見守っていると、エマがこちらに戻って来る。
「あのですね……『ギルドマスターの名に於いて、そなたをAランク冒険者として認める。でもワシの目にはそれ以上の実力に見えたのでSランクでもいいよ♪』と言っております」
「……」
Sランクでもいいって……ノリ軽いな!
いいのか、そんなんで。ランク制度が崩壊しないか?
「なのでSランクにしちゃいましょう」
エマもエマで、定食を大盛りにしても料金一緒ならそうしちゃいましょうみたいなノリで冒険者カードを作ろうとしている。
でも聞いた所によると、Sランク冒険者というのはこの世界に数えるくらいしかいないのだとか。
となると、それだけで超目立つ。
お忍び魔王としての身では、できるだけ目立つことは避けたいのが本音。
それに俺には、とある希望というか、やってみたいことがあった。
「そのランクについてなんだが、Fランクにすることは可能だろうか」
「は、はいっ??」
思ってもみない頼みだったようで、エマは素っ頓狂な声を上げた。
「無理か?」
「い、いえ……実力より上で登録するのは問題ですが、下は特に……」
「なら、それで頼みたい」
「でも、どうして……わざわざそんなことを??」
彼女は納得がいかないようだ。
「憧れだからだ」
「……憧れ??」
クエストをこなしながらコツコツとランクアップして行く。
小さな幸せを噛み締めながら、一歩ずつ着実に上へ向かって進んで行く。
実に人間らしい営み。
前からそういうのをやってみたかったのだ。
「それが人間ってもんだろ?」
「は、はあ……?」
俺はそういう人間らしい生き方に、ずっと憧れていたんだ。
これはそれを体感できる丁度良い機会でもある。
「あっ、でも、ランク制限とかあって受けられないクエストとかあるのか……」
「いえ、そんなことはないですよ」
エマが答える。
「クエストの難易度の目安として『~ランク級』って掲示していますが、別にそれ以下のランクの方でも受注は可能です。ですが、実際にそんな無謀なことをする冒険者さんはいないですけどね。命にかかわりますから」
「なるほど、それはよかった」
家の購入費用にしようとしてた報酬三千万Gのドラゴン狩り。
あれってSランク級のクエストって聞いてたから、受けられないと困るなあと思ってたんだ。
「そういう訳だから、そのようにやってくれるか」
「でも……」
エマの表情から戸惑いは消えない。
彼女はホレスに救いを求めるような視線を送るが、彼は俺達に向かって嬉しそうにサムズアップを決めてくる。
完全に酔ってやがるな……。
するとエマは諦めたように俺に向き直った。
「ほ……本当にいいんですか?」
「構わない」
「では……」
彼女は躊躇いがちに魔石ペンを走らせる。
それで冒険者カードにFの文字が刻まれた。
本来、こういった作業は鑑定鏡で覗いた結果をそのまま魔石で複写するだけなので必要無いそうなのだが、俺の場合ステータスが表示されないので手作業なのだとか。
「では最後に、こちらへお名前をお願いできますか」
カウンターの上にカードが置かれ、彼女から魔石ペンを渡される。
ん……名前か。
そういえば、まだ人間としての名前を考えてなかった。
どうせなら付けるなら格好いい名前がいいな。
何にしよう。
ゴットフリート
ラファエル
ヴォルフガング
人間らしい格好いい名前の候補が頭の中に幾つか浮かぶ。
自分の名前を書くのに、あんまり長くは迷っていられないな……なんて思い始めた矢先、背後で入り口の扉が開く音がした。
何気無く振り返って見れば、そこに一人の少女が立っていた。
透き通るような銀髪に、特徴的な長い耳。
エルフ……か?
見た目は15、6歳に見えるが、相手がエルフならばそれは当てにならない。
そんな彼女は、俺と目が合うとハッとしたように動きを止めた。
「あ……」
「?」
彼女は明らかに俺を見て声を漏らした。
なんだ?
俺の顔になんか付いてるか?
「あああっ!」
「??」
彼女は刮目すると声を上げ、俺のことを指差した。
それは久し振りに知り合いにでも会ったかのような反応。
でも、エルフの知り合いなんて俺にはいないぞ。
見覚えだってありゃしない。
「も、もしかして……あなた様は……」
少女は期待に満ちた声で俺に語りかける。
しかも、その瞳はキラキラと輝き始めている。
む……これは……なんだか嫌な予感がするぞ……。
体の中にゾワゾワとしたものが駆け巡り始めた時だった。
少女の口から言ってはならない言葉が漏れ出す。
「魔お――」
ザシャァァァァァッ
「ふえっ!?」
全ての言葉が紡がれる前に俺は床の上を滑り、彼女の首根っこを掴み上げていた。
まるで子猫を咥えた親猫のように。
その様子をフロア内の人間が呆然と見つめる中、俺は彼女の襟首を掴んだまま、猛ダッシュでギルドの奥へと駆け込む。
そして、そこにあった物置のような場所へ少女を放り込むと、自分も中に入って扉をピシャリと閉めた。
この状況でも少女は怯える様子もなく、寧ろ頬を紅潮させて嬉しそうにしている。
そんな彼女に、俺は低い声で問う。
「貴様、なぜ俺の正体を知っている」
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