第37話 臨時収入



「そ、そんな……あのコカトリスを一撃で……。あれ一体で町一つ壊滅できるくらいの代物ですよ……」



 傀儡師ザシャは、自身の取って置きをいとも簡単に打ち砕かれ唖然としていた。



「それをこんな……あなたは一体、何者でぶほぉごわぁぁっ!?」



 彼は全てを言い切らないうちに体ごと吹き飛ばされていた。

 俺が拳で殴り飛ばしたのだ。



 ザシャは洞窟の壁にぶち当たって、地面に倒れる。

 横たわった体から掠れ声が上がった。



「……っぐ……いきなり不意打ちとは卑怯ではないぐおぉぬあぁぁぁっっっ!!」



 絶叫が辺りに木霊した。

 投げ出されていた彼の膝を俺が踏み抜いたのだ。



 恐らく折れた。



「卑怯だと? どの口が言う?」



「はぁはぁ……こんなやり方、まともな冒険者じゃないってことは確かですよ」



 まだなんか言ってるので太腿に剣を突き刺した。



「うがああぁぁぁぁっっががっ!」



 彼は引き攣ったような声で懇願してくる。



「わ……分かった、分かったから! もう止めてくれ! 僕が悪かった!」

「悪かった? じゃあ何が悪かったのか説明してもらおうか」

「え……?」



 不意の質問にザシャは目を丸くする。



「はい、失格」

「ぎゃあああああっ」



 今度は右腕に剣を刺してみた。



 すると彼は鼻水と涙を流しながら訴えてくる。



「す、すまなかった! 謝る! 僕がしてきたこと全部謝る! だから、命だけは……こ……殺さないでくれ、お願いだっ」



「そうやって命乞いをする者を何人殺してきたんだ?」


「……」



 返答が無いところをみると心当たりがいくつもありそうだ。



「お前のような世間にとって害でしかない人間は、この世から消えればいい。それが俺の答えだ」



「ひぃぃっ……!」



 ザシャの顔が恐怖に染まる。

 そんな彼の髪を掴んで体ごと持ち上げると、その腹に魔力の籠もった掌底を打ち込む。

 刹那――、



 ドゴォォォンッ



 大きな破砕音と共に洞窟内に横穴が空き、彼の体がそこを通り抜け吹っ飛んで行った。



 その穴から外の景色を覗くと、遙か先の尾根で木々が倒れ、土煙が上がっている。



 おお、良く飛んだなー。

 いい感じにすっきりした。



 こういう奴をのさばらせてると、ろくなことないからなあ。

 これで少しは平和になったんじゃないか?



 そういや、この傀儡師、懸賞金が掛けられてるっぽかったよな。

 あとでギルドで確かめないと。

 臨時収入、臨終収入。



 でも何か、倒した証拠を持って行かないとか……。

 といっても、奴はあそこだし……。



 再び煙を上げている山の尾根に目を向ける。



 すると自分の指に何かが引っ掛かっているのに気が付いた。

 細い糸のような……。



 お、こいつは奴の髪の毛か。

 掴んでたから、吹っ飛ばした衝撃で抜けたんだな。

 これが証明になりそうだな。



 試しに鑑定鏡で見てみる。




 品名:故人・傀儡師ザシャの髪の毛

 種別:頭髪

 重量:計測限界重量につき不明

 価値:0G




 よし、行けそうだ。この件はそれでOK。

 さて、元の目的に戻らねば。



 そう思って洞窟の出口の方へ振り返ると、ルーシェとアルマが呆然とした様子でこちらを見ていた。



 あ、あれ?



 俺は目の前の惨状と彼女達を見比べながら考える。



 もしかして……やりすぎちゃった?

 下手すると魔王っぽい感じも出ちゃってたかもしれない。



 さすがにあそこまで吹っ飛ばしてしまうと、いくら普通だと言い張っても無理があるだろう。

 正体を知っているルーシェはいいが、アルマには……。

 まずい、まずい……。



 そんなことを思っていると、彼女達はふと我に返り、一斉に俺に飛び付いてきた。



 アルマが清々しい笑顔で言ってくる。



「ありがとうございます! 私が成し得なかった事を代わりにやってもらった感じになってしまいましたが……。でも、ずっとここにあった胸のつかえが取れた感じです」


「お、おう……」



 案外、受け入れてた!?

 そして、ルーシェも瞳を輝かせる。



「いやあ、文字通り綺麗に消し飛びましたねえ。今のマオ様の鬼畜っぷり、私は痺れてしまいました! やっぱりマオ様はこうでなくては! 鮮やかな裁き、敬服致します!」


「お、おう……」



 やや圧倒されながらも、適度に相槌を打つ。

 まあ、終わりよければ全て良し……か。



「それにしても凄いですね。あの傀儡師の討伐、Sランク事案ですよ?」



 アルマがこれまでにない活き活きとした表情を見せる。



「前にマオさんが言ってたとおり、ランクなんて関係ないのかもしれません。なんだか私にもできる気がしてきました!」



「そ、それは良かったな……」



 やる気があるのは良いことだ。

 だが、彼女の場合、ちょっとしたことで死んでしまいかねないほどステータスが低い。



 というかゼロだし。



 このままじゃ、これから先、こういうことがあると何かと心配だ。

 邪竜とも対峙するわけだし。



 それに彼女の装備。

 簡素な胸当てのみで、充分とは言い難い。

 防御力だけでも底上げしておきたいところ。



 とは言っても、ここは山の中、装備品を扱ってる店などあるはずもなく……。



 ん……? 装備品?



 その単語で俺は、はたと思い付き、ポケットに手を突っ込む。



 取り出したそれは、紅い宝石が美しい耳飾りだった。

 そう、町に着いた直後、骨董屋で売ろうとしていたアレである。



 そういや、こいつは過去の勇者が落としていった物。

 言わば勇者専用装備だ。



 ならばアルマが使えば本来の効果を発揮するやもしれない。



「アルマ、こいつをお前にやろう」



「えっ……」



 突然、手渡された物に彼女はきょとんとする。

 だがそれが、女性物の宝飾品であると分かるや否や、ほんのり頬を赤く染める。



「えと……こ、これを私に……? あの……これって……どういう……?」



 他意は無い。

 だが彼女は何か勘違いしているようだった。


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