第36話 傀儡師
傀儡達に気を取られている隙に背後から狙ったつもりらしいが俺にはバレバレだった。
全身を濃い色のローブで纏った男は、ナイフを引っ込めると慌てたように後方へ飛び退く。
と同時に傀儡達は一斉に地面へ頽れる。
そのまま襲わせないところを見ると、あれだけの数を同時に動かすのには限界があるのだろう。
改めて目の前の男に目をやる。
フードの中にある顔は想像していたよりも若い男だった。
年齢にしたら二十代前半。
面立ちも整っており、一見すると優男のようにも見える。
だが、その外見とは裏腹に瞳は淀んでいた。
あれは獲物を狩る者の目だ。
彼は嘲笑を含みながら口を開く。
「あなた達こそ何者ですか? ここは僕の仕事道具置き場。そこに無断で足を踏み入れたんですから、こちらが自衛策を取るのも当然でしょう」
「自衛策だと? そっちから先にゴブリンをけしかけてきた癖に良く言う」
俺は文句を言いながら鑑定鏡を使ってみた。
名前:ザシャ・ギルヒホフ
性別:男
種族:人間
職業:傀儡師
冒険者適正:Sランク(適正値100)
HP:691
MP:814
攻撃力:65
防御力:48
知力:75
器用さ:80
素早さ:91
精神力:86
特殊スキル:傀儡Lv84、疾風暗殺Lv67
調べるまでもないが、やはりこいつが傀儡師だ。
戦闘の大半を傀儡に任せるスタイルでありながら、攻撃力と素早さが高めなのは傀儡の素材を獲得する際に必要だからだろう。
「鑑定鏡……あなた達、冒険者ですか」
「だとしたら、なんだ?」
「いやあ、面倒臭い世の中になったなあと思いましてね」
ザシャという傀儡師は肩を竦めながら言った。
「恐らくギルドってやつに手配書が出回ってるんでしょうねえ。どこへ行っても冒険者、冒険者。こちらとしては商売の邪魔でしかないので困ってるんですよ」
どうやら、こいつにも懸賞金がかけられてるらしい。
「そんな世の中で、この場所は大変良かった。荷馬車を襲い、何をやっても全て邪竜のせいにできるのですから。こんな効率の良い仕事場は他には無いでしょう。しかし、残念なことにこんな場所にまで冒険者がやってきてしまった」
彼は言いながら俺達を恨めしそうに見る。
「でもまあ、私の傀儡を前にして、まともな姿で故郷に帰れた者はいませんがね」
と、そこまで言ったところで何かを思い出したようだ。
「ああ、そうだ。この前なんか、勇者まで私の首を取りにやってきましてね。これがまた勇者とは名ばかりの腰抜けでして。文字通り腰を抜かして動けなくなった時には思わず声に出して笑ってしまいましたよ」
彼は記憶を辿りながら笑いを堪えていた。
「っ……」
その笑いに反応するように横にいたアルマが下を向いて後退る。
それをザシャは見逃さなかった。
「おや? その恐怖に引き攣った顔、見覚えがありますね。ん……もしかして……そこにいるのはあの時の勇者様ですか? これは驚いた!」
彼は楽しい玩具を見つけたとばかりに喜びの表情を見せる。
「どうしたんですか? もしかしてまた懲りずにやってきたとか? まさかねえ」
ザシャは「クククッ……」と追い打ちをかけるように嘲り笑う。
そろそろこいつに好き勝手言わせとくのも嫌になってきたぞ。
「そのくらいで言い残すことはないか?」
ザシャに意識が俺に向く。
「それは、どういう意味ですか?」
「その言葉のままの意味だが? 俺にやられる前に言いたいことは言っておいた方がいい。そう言いたかったんだが、俺の方がもう聞きたくないからいいや」
「……」
ザシャは少しばかり言葉を失う。
「あなたはそこの勇者と違い、少々腕が立つようですが、あまり驕らない方が身の為だと思いま……」
「俺は珍しく腹が立ってるんだ。さっさとやろうぜ」
「っ……!」
彼は言葉を被せられ苛立ちを見せる。
「いいでしょう。これを見て後悔しなさい」
ザシャの体に魔力がまとわり始める。直後、
ドシンッ
洞窟内に地響きが広がった。
死体の山を蹴散らし、巨体が起き上がる。
蛇の尻尾、竜の翼、そして雄鶏の頭。
それはコカトリスだった。
「コ……コカトリスって……あの目を合わせただけで死に至るという……」
「私……初めて見ました……あわわ……」
アルマとルーシェは巨体を見上げ、恐怖の余り立ち尽くしていた。
「この魔物の死体を手に入れるのには苦労したんですよ。さあ、あの口の悪い冒険者を殺してしまいなさい」
命令を受けたコカトリスは、鋭い足の爪を俺に向かって振り下ろす。
だが、次の瞬間、
ザシュッ
俺は抜き放った剣で、目の前の巨体をぶった切っていた。
「え……」
呆然とするザシャの足元にコカトリスの頭が転がっていた。
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