第17話 最強Fランク誕生



 ルーシェはニコニコしながら提案してくる。



「許嫁同士ということにしましょう」

「どうしてそんな発想に至った!?」



「家庭の事情で仲を引き裂かれ、行方が分からなくなっていた許嫁同士ということです」

「設定は聞いてねえ! 俺は、ただ物置から出る為だけに、なぜそこまでの理由が必要なのかを聞いてるんだ」

「でも、その設定が大事なんですよ?」



 そこで彼女は、その大事だという設定を話し始めた。




 ルーシェと俺は貴族家同士の取り決めで許嫁とされてきた関係。

 しかし、親に決められた関係であっても、幼少期から共に過ごしてきた二人は互いに心通じ合っていた。

 だがある時、貴族間の抗争と策略によって、俺が生まれ育ったとされる貴族家が崩壊。家族は散り散りに。

 当然その影響で、彼女との関係も解消。

 諦めきれない彼女は、行方知れずになってしまった俺を追って旅立ち、今この場所で感動の再会を迎えた。




「とまあ、こんな感じです」

「なるほど……って、やはり許嫁である必要性を感じないぞ」



「そうですか? 二度と会えないかもと思っていた二人が再会したんですよ? 顔を合わせた途端、人目も憚らず衝動に任せて互いを求め合うのは必然でしょう。手近な場所で愛を確かめ合うくらいのことはしますよ」

「そ、そうか……?」



 本当にそんな突拍子も無いことをする奴がいるのか?



 ギルドにやってきた少女を有無も言わさず物置に連れ込んだ理由としては、とりあえず成り立っている。



 だが、その設定をそのまま使うには無理がありすぎだ。

 それに俺の心は、もっとクールな筋書きを求めている。



 一応、彼女が話してくれた中には、事情ありの田舎貴族に間違われている俺にとって使えそうなネタが含まれている。

 だったら部分的に流用してみるのも手だ。



 例えば、そう――その設定を許嫁という関係ではなく、主人と召使いの関係に置き換えてみるとか?



 ……うむ、しっくりきた気がする。



「とりあえず、お前の案は却下だ」

「えー……」

「だが、プランは整った。ここを出よう」

「え、あっ……はいっ」



 その時、ルーシェの表情が輝いたように見えた。





 早速、俺達は物置から出た。

 すると、フロア内にいた冒険者達が敏感に反応して視線を向けてくる。

 その眼差しには多分に冷やかしが含まれていた。


 俺とルーシェが仲むつまじく腕を組んで出てきたからだ。

 しかも彼女は、俺にべっとりと抱き付き、二の腕に頬擦りまでしてる。



 くっつきすぎだろ。



 ともかく、冒険者登録の途中だったので、そのままの状態でカウンターの所へ戻る。



「すまない、手続きの途中だったな。続きを頼む」



 俺が何事も無かったかのように告げると、受付嬢のエマはやや引き攣った表情を見せる。



「あ、はい……それは構わないのですが……そちらの方は……えーと……」



 早速、俺にくっついているルーシェのことが気になるようだ。

 当然と言えば、当然の流れ。

 逆にスルーされたら、心配になってしまう。



 とりあえず、話題がそこに向かえばそれでいい。

 あとは事前に決めておいた設定をそれとなく差し込んで行くだけ。



「こいつはルーシェ、俺の――」

「許嫁でーす」

「っおい!?」



 俺の言葉に被せるように元気良く叫んだルーシェ。

 そんな彼女の口を塞ぎつつ、組んでいた腕を振り解く。



 なに勝手に発言してんだ。

 話がややこしくなるだろが。



 ルーシェに戒めの視線を送る。

 そんな中、エマは呆然としていた。



「い……許嫁……」



 仕方が無い。

 なんとか、ここから軌道修正してみよう。



「多分、勘違いしているぞ。こいつは俺の召使い、いわゆるメイドというやつだ」

「メイド……? でもさっき、許嫁って……」



「あー……それはあれだ。俺の住んでいた地方ではメイドをに例える風習があるのだ」

「つ……漬物??」



「大陸の遙か東方の地域で作られる家庭的なピクルスのことだ」

「ピ……ピクルスですか……」



 あまりに突拍子も無い言い訳で彼女は目を丸くする。



 俺もそう思う。

 メイドがピクルスだなんて、自分でもおかしなことを言い出したと分かっているが、このまま突き進むしかないのだ。



「各家庭で作られる漬物のように、その家に根付いた味、ホッと安心できる味ってのがある。そういった良い漬物のようなメイドのことを〝いなけ〟と呼んで称えているのだ」

「は、はあ……そ、そうなんですね……」



 かなり強引な感じではあるが、とりあえずは引いてくれるようだ。

 だが、すぐに違和感を覚えたのか、あからさまではないにしろ考え込むような仕草を見せる。



 それは漬物の話についての反応ではない。

 恐らく、なんでそのメイドと顔を合わせるや否や、いきなり物置に連れ込んだのか? って所に疑問を感じているのだ。



 そこで俺は、訳あって自分の家族――貴族家が離散してしまった事と、今も身分を隠して行動しているということを話した。



 物置に連れ込んだのは、ルーシェが大事なこと口走りそうになったから、と説明した。



「そうだったんですか……大変でしたね。大丈夫、私は絶対にしゃべりませんから。安心して下さい」



 エマは打ち明けてくれたという信頼感からか、それとも元来からの親切心からか、とにかく俺達二人に同情を寄せてくれていた。



 説明としては、なんとかなったが、なんだか心苦しい。

 でも、とりあえずはこれ以上、俺達について突っ込まれることは無さそうだ。



「でも、エルフのメイドさんなんて珍しいですね」

「……」



 確かに、気位の高いエルフが人に使われるなんてことはなかなか無い。

 ここでもう一つ、何か考えないと……。



「こいつは、はぐれエルフなんだ」

「え……は、はぐれ……?」



 言われた当の本人も呆然としていた。



「里を追われ、行き倒れていたところを俺が拾い、それからうちで働くようになってな」

「そうだったんですね……」



 エマは同情の視線をルーシェに向けるが、これ以上この話に深入りするのは失礼だと思ったのか、早々に切り上げる。



「あ、そうだ。手続きでしたね」



 彼女は空気を入れ換えるように明るい調子でそう言った。



 そのままの流れで中断していた冒険者登録をしてもらう。



 これが始まってみればカード作成はあっと言う間で、これまでのやり取りが嘘のようだった。



 そして出来上がったのがこれだ。




 名前:マオ・グロスハイム

 性別:男

 種族:人間

 職業:剣士

 冒険者適正:Fランク(適正値 記載免除)




 職業については、バルドと戦った時のことを踏まえて、とりあえず無難に剣士としておいた。



 ちなみに職業は一部の上級職を除いて自己申告らしい。

 画家が画家と名乗った時から画家なのと一緒だ。

 あと、魔法が使えないのに魔法使いと名乗ったりする奴もそうそういないってのもある。



 ついでに、これから行動を共にするであろうルーシェも冒険者登録をしてみた。

 俺とは違い、彼女は鑑定鏡であっさりと登録完了。

 冒険者カードはこうなった。




 名前:ルーシェ・パウ

 性別:女

 種族:エルフ

 職業:ダークエルフ

 冒険者適正:Eランク(適正値58)




 わざとFランクにしたとはいえ、俺よりランク上かよ!



 って……職業ダークエルフってなんだ!?

 しかも普通のエルフだって、これでバレバレじゃないか。



 そうまでして一体、何がしたいんだろうな……。


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