第16話 ダークなエルフ
「まあ、一方的に私が覚えているだけで、多分魔王様は知らないと思いますけどね」
エルフの少女はそう言いながら少し寂しそうな顔をした。
そういうことか。
なら、俺が覚えていないのも当然……って、素直に納得する訳にもいかない。
俺は城の外にほとんど出ないという引きこもりみたいな生活を送ってきた。
他人と顔を合わせるのは時たまやって来る勇者くらいだ。
だから、数えるくらいしか人とは会っていないので、ちょっとしたことでも印象には残るはずなのだが……。
そんな事を考えている間に、少女は嬉々とした表情を取り戻す。
「とにもかくにも、そのお姿にビビビッと痺れちゃいまして。その時に、この人に一生ついて行こうと決めたのです。だから私を魔王様の配下に加えて下さい」
「断る」
「げふぅ……!」
彼女の顔から一瞬にして血の気が失せ、目眩を起こしたように頽れる。
「ちょっ!? おいっ」
完全に倒れる前に体を支える。
「断られた……三百年ずっと探してたのに……断られた……あぁ……明日から何を心の支えに……生きて行けばいいのでしょう……あぁ……」
相当ショックだったのか、彼女は俺の腕の中で放心状態だ。
そんなにダメージを受けることか?
とは思ったが、本当に三百年もの間、俺を探し続けていたのだとしたら、その労力を無に帰すようなことを告げた訳だから、そうもなるか……という気もしてきた。
だが実際、素性の良く分からない奴を側に置いておく訳にもいかない。
まだ彼女を完全に信用した訳じゃないからな。
しかし、別の観点から考えると、俺の正体を知っている者をこのまま野放しにするのもマズい気がする。
彼女を監視する意味で、側に置いておくという選択肢も有り得るな。
何かあれば容易に制止することができるし。
なら、そうするか。
「あー……気が変わった。お前を側に置いてやってもいい」
「!?」
彼女は刮目すると、体がテコの原理のように起き上がった。
「ほっ、本当ですか!?」
「あ、ああ……」
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」
彼女は俺の手を強く握ると縦にブンブンと激しく振った。
それをやんわりと制止させると、
「但し、今後は俺の正体を口にするな。それが条件だ」
「はいっ、もちろんです! そんなの容易いことですよ、魔王様」
「おい、言ってるそばから……」
彼女はハッとなって口元に手を当てる。
「あ……す、すす、すみません! ももっ、申し訳ありません! もう二度と口にしませんから! 後生ですから捨てないでぇっ!」
「分かった分かった、今のはノーカウントにしてやるから、くっつくな!」
体にすがってくる彼女をモソモソと引き剥がす。
なんだか、ちょっと良い匂いがするなあと思ったりする自分が悔しくもあり、気恥ずかしくもある。
「ありがとうございます!」
彼女は満面の笑みでそう言った。
「でも、そうしたら……なんてお呼びすればいいですか?」
「ん……そうだな」
そういえば冒険者カードに登録する名前を決めてる途中だったな。
せっかくだから、人間の世界では格好いい名前を名乗ろうと思っていたのだが……彼女が乱入してきたせいでそのままになっている。
しかも、周囲には魔王の「魔お――」まで彼女が口にしたのを聞かれてしまっている。
今更、名前の頭文字がそれ以外だと不審に思われるだろうな。
ということは、そこはそのまま行くしかない。
となると――、
「マオ・グロスハイム……それが人間の世界での俺の名だ。次からはそう呼ぶがいい」
「マオ様! いいお名前です!」
感激しているようだが、半分お前が付けたようなもんだぞ……。
ちなみにグロスハイムは、我が城の名前だ。
城名といっても公にはなっていない。
俺の心の内だけで決めていた城の名前だからだ。
グロスハイム城って良い響きだろ? と誰かに言いたくても、その気持ちを分かち合う者がいなかったのだ。
なので、ここで使っても気付く奴はいないだろう。
「そうだ、まだ私、名乗ってませんでしたね」
エルフの彼女は狭い物置の中で胸に手を当て、やや頭を垂れる。
「申し遅れました。私の名前はルーシェ・パウ。ルーちゃんとか、ルーたんとか呼んで下さいね♪」
「いや普通にルーシェでいい」
「むぅ……」
ルーシェは残念そうに小さな唇を尖らせた。
「それでマオ様は、これからどうなさるおつもりで?」
「まず、家を買おうと思っている」
「なるほど、新しいお城ですね!」
「城ではない、人間が住むような普通の家だ」
「?」
彼女は合点がいかず、きょとんとする。
だがすぐに、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「普通の家……あ、敵を欺くカモフラージュですか! そこを拠点に世界を掌握する為の進撃が始まるわけですね! ワクワクしてきました。愚鈍な者共に目に物見せてやりましょう。ぐしし……」
「いや、そういうの興味無いから」
「え……」
ルーシェはぽかんと口を開けたままだ。
魔王といえば世界征服だの、世界を闇に包むだの、そんなことばかり考えているように思われるが、俺は全く興味が無い。
だって、仮に世界を征服したとして、その後どうすんの?
その世界を取り戻そうとする輩が攻めてきたりとかして、そいつらを相手しなきゃならくなったりするはずだ。
そんなの勇者を相手にしてた頃と変わらないじゃないか。
もう、そういうのはいらないんだよね。
「俺は静かな場所に家を構えて、そこでのんびりと暮らしたいだけなんだ。お前が何に憧れて、何を目指そうとしているのかは知らないが、目的にそぐわないのであれば、側にいるだけ無駄な時間を過ごすだけだと思うが?」
そう告げると彼女は、真剣な眼差しを向けてくる。
「何言ってるんですか、私の目的はマオ様自身なんです。マオ様が右を向けば、私も同じ方を向く。ただそれだけです。あっ、ということはアレですね?」
「?」
ルーシェは企みに満ちた笑みを浮かべる。
「人間社会の中に一般人として入り込み、皆の信用を得つつ、じわじわと真綿を締めるかのように内部から支配の手を広げてゆく……。そういう作戦なのですね。さすがはマオ様です。考えが深い」
「……」
全然理解していない気がするが……いちいち突っ込む気にもなれない。
それに、この感じ。
ダークエルフになり切ろうとしているのか、そんな自分に酔っているのか……。
とにかく変なエルフであることは間違い無い。
放って置くか……。
というか、現実問題、そうしなければならない。
そもそも、この物置に入り込んで大分時間が経ってしまっている。
そろそろ出て行かないと不審に思われるはずだ。
ギルドに入ってきた少女の腕を唐突に掴み、そのまま物置の中に連れ込んだわけだから、それだけでも普通じゃない行動だ。
戻るにしてもなんらかの理由がいるだろう。
「考え事ですか?」
「ああ」
「あ、分かった。さっき家を買うと言ってましたが、略奪した方が早いですもんね。その作戦を考えてるんですね!」
「違うわ!」
そこで俺は、この物置を出る為の話をした。
一応、彼女も当事者であるわけだし。
するとルーシェは、さも嬉しそうに言う。
「私にいい考えがあります」
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