第13話 対Aランク戦



 まずはどう出てくるのかを見させてもらおう。



 とりあえず俺は、眼前で大剣を構えるバルドを観察する。



 大柄で筋肉質な体。

 身の丈に迫る長さの両手剣。

 それだけでパワー系の戦士だということが分かる。



 そんな彼が、あの大剣を振り回してきたら、俺が手にしている木剣は簡単にポキッといってしまうのが目に見えている。

 別に大剣じゃなくて、普通の剣相手でも折れるけど。



 そうならない為にも、まずはこの木剣の強化だな。



 俺は持っている木剣に魔力を籠める。



 魔力、物質強化ハードニング



 それだけで木剣に魔力が付与され、硬度が上がった。



 これでよし……と。

 あとは奴の力を見極めつつ、僅差で勝ったように見せかければいい。



 そんなことをしていると、どうやらバルドの方から動くようだ。



「泣いて詫びさせてやる。本当の冒険者の力を知るがいい!」



 彼はそう叫ぶと、剣を振り上げ、真っ直ぐに突進してきた。

 それはなんとも単調で隙のありすぎるモーション。



 これは一体、なんのつもりだろう?



 そうか。分かったぞ。

 これは勝負をする時にやる冒険者流の挨拶か何かだな?

 まず剣先と剣先を合わせてから試合を始める――みたいな礼儀の一種だ。



 あんな台詞を吐いておきながら、そういう所は重んずる。

 この男、案外、礼儀正しいのかもしれない。



 なら、こちらもちゃんと応えなきゃな。



 俺は木剣を前にかざして、振り下ろしてきたバルドの剣に合わせた。



 ガギィィィィンッ



 金属同士がぶつかり合うような音がして、バルドの剣が弾かれる。



「なっ……!?」



 彼は何が起こったのか分からない、というような戸惑いの表情を見せた。

 周囲で勝負の行方を見守っていた冒険者達も同様に唖然としている。



 ん? あれ?

 なんだ、この反応。

 もしかして挨拶の仕方を間違ってた??



 そりゃあ三百年も経てば形式も変わるか……なんて思っていると、バルドが歯噛みしたのが分かった。



「くっ……このっ!」



 彼は血相を変えて何度も剣を振り下ろしてくる。

 その度に俺は木剣で受けるのだが……。



 なに? これってそんなに何回もやることなのか?

 しかも、そんなにムキになって。



「このっ……! このっ……! このっ……!」



 バルドはひたすらに剣を打ち下ろし、俺はそれをひたすら受けるのみ。



 これ、いつまで続くんだ?



 そう思っていると、こちらの思いが伝わったのか、そうでないのか、彼は一旦手を休め、後方へと引いた。

 そして、肩で息をしながら呟く。



「なぜ……ただの木剣なのに……持ち堪える……」



 その言葉に俺は耳を疑った。



 もしかして……物質強化ハードニングを知らない……とか!?



 てっきり、彼は今まで分かってて言ってるものかと思っていたが、そうではないようだ。



 Aランク冒険者が魔法の初歩中の初歩である物質強化ハードニングを知らない。

 となると、考えられるのは……三百年の間に魔法がそこまで退化してしまったという可能性。



 マジか……。

 ということは、今までの彼の動作は挨拶じゃなくて……本気だったってことか!?

 そうなってくると、先程の周囲の反応も理解できる。



 しかし、この状況……マズいな。

 僅差で勝つどころの話じゃなくなってくる。



 しゃーない。

 ここからは得意の演技で誤魔化すしかないだろう。



 まずはこちらも無傷ではないという所を見せねばなるまい。



 俺は唐突にその場に片膝を突き、木剣を持つ右腕を押さえながら苦悶の表情を浮かべてみせる。

 できるだけ大袈裟に。



「ぐおぉっ…………さすがに全てのダメージは防げなかったか……!」



「……!?」



 バルドは突然、苦しみだした俺に対し、何事かと目を白黒させている。



「な……なんだ……どうした!?」



 いいぞ、興味を持って食い付いてきた。

 あとは貴族の坊ちゃんに間違えられているのをいいことに、貴族家に伝わる一子相伝のなんちゃって剣技をでっち上げる。



「くっ……我が家系に代々受け継がれてきた……受け流しの剣技……。それは至高にして諸刃の剣なのだ……」

「受け流し……だと? 俺の剣圧をその木剣で受け流していたというのか!?」



 俺は力無く笑ってみせる。



「ふっ……さすがはAランク冒険者、察しがいいな。この剣技は相手の攻撃をギリギリの所で刀身の上で滑らせ、その力を分散させる技。それ故に、体への負担が大きいのだ。あれだけの猛攻を受ければ腕が持たないのも当然……」



 そこまで伝えるとバルドは急に落ち着きを取り戻し、ニヤリとした笑みを見せる。



「ふ……ふはは、それは残念だったな。だが、先を見通して戦うのが冒険者の戦い方だ。そこが甘かったな。しかし俺の攻撃を受けて、ここまで立っていられたことは褒めてやろう。また出直してくるがいい」



 彼は勝ち誇ったように剣先を俺に向ける。



 ああぁ……図に乗っちゃったよ。

 でもまあ、これも作戦通り。



 これで奴は止めを刺そうと攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 俺はそこに、ちょこんと足払いを合わせるだけ。



 勝敗条件は、先に地面に手を突いた方が負けな訳だから、それで充分。

 追い込まれた矢先、苦肉の攻撃が出てたまたまヒットした、って感じに受け止められるだろう。



 筋書きは整った。



 あとは奴が動き出すのを待つのみ。

 案の定というか、早速バルドが行動に移った。



「俺の勝ちだ」



 彼は剣を振り上げ、足を踏み出す。

 俺は体勢を低くすると、その足目掛けて払いを決める。

 直後、



「ふぁっ!?」



 バルドはその厳つい見掛けに似使わない、不抜けた声を上げた。

 次の瞬間――、



 バシャァァァァァァァンッ



 ガラスが割れるような音がして、バルドの体が魔力防壁を突き破っていた。

 その巨体を、まるでボールのように回転させながら吹っ飛んだのだ。



「あ…………あ…………ああ……」



 彼は地面に倒れ、泡を吹いて気絶していた。

 観戦していた冒険者達は、声も無くその姿を呆然と見つめている。



「……あれ?」



 俺は自分の足と倒れているバルドを交互に二度見してしまった。



軽く払っただけなんだけどな……。



 思ってもみなかった結末に、きょとんとしてしまった。



 まさか、ここまで脆いものだとは思わなかった。

 なんでも勇者基準で考えちゃう癖の弊害だな、これは。



 というか、こんなんで接戦って感じに取って貰えただろうか……。



 立ち会い人としてその場にいた受付嬢エマと、ギルドマスターホレスも気が抜けたように棒立ちになっていた。



 すると、顔を合わせた時から終始フゴフゴしていたホレスが、ここにきて急に目を見開き、ゆっくりと手を掲げた。



「しょ……勝負あり!」



 しゃべれんのかよ!

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