第25話 フット・イン・ザ・ドア・テクニック



「こんにちはー、ごめんくださーい」



 俺は玄関の扉を叩きながら、できる限り朗らかな声を上げた。



 これには側にいたルーシェも瞼を瞬かせる。



 スイッチの入った俺にちょっと驚いているようだ。



 それはさておき、俺は何度か挨拶を繰り返す。

 案の定、中からの反応は無い。



 気配を探ると内部の様子がおおよそ感じ取れる。



 恐らく一人は扉の向こう側に張り付いて様子を窺い、残りの二人は奥にある左右の部屋で武器を構え待機している。

 そんな感じだ。



 ここまでは予定通り。

 あとは向こうからその扉を開けてくれるように仕向けなければならない。



 そこで俺は、わざと中に聞こえるような声で呟く。



「あれ、おかしいなあ。この家、入居者が決まって、もう住んでるって話を聞いたんだけどなあ」



 ここを根城にしていることは誰にもバレていない。

 奴らはそう思っているはずだ。



 なのに、突然やってきた面識の無い人間が知っている。

 そうなると彼らは居ても立ってもいられなくなるだろう。



 その情報の出所はどこなのか?

 どれぐらい広まっているのか?

 目の前の奴はなぜその事を知っているのか?



 色々な不安が溢れ始める。



 これからの対応を考えなければならないのだから。

 それに状況によっては、今すぐここを引き払う準備も始めなければならない。



 当然、詳細を探ろうと接触を試みてくるはずだ。



 思惑どおり、中でゴソゴソとやり取りしている気配がする。



 数瞬の間があって――。



 ガチャリ



 玄関の扉が細く開かれた。



 その隙間から、頬の痩けた細面の男が訝しげにこちらの様子を窺っている。



 こいつはさっき鑑定鏡で調べたから分かる。

 ゲッツとかいう男だ。



「あ、よかった。やっぱり、いらしたんですね」



 俺がすかさずそう言うと、彼は顔を顰める。



「誰だお前は、ここに何の用だ?」



「あっと、申し遅れました。私、ピコポン清掃サービスのマオルゴと申します。そして、こっちは助手のルルーです」



 適当な名前を告げて隣にいたルーシェを紹介すると、彼女は緊張した様子で何故だか敬礼をしてみせた。



 ガチガチだな……おい。



 そんな彼女をゲッツは怪訝そうに見つめるも話を続ける。



「清掃サービスだと? そんなもの頼んだ覚えは無い」

「ええ、もちろん、こちらもご依頼は頂いてませんよ」

「……」



 彼は変な顔をした。

 そして、手で払うような素振りを見せる。



「なら間に合ってる。帰ってくれ」

「そうですか、ではまた機会がありましたらよろしくお願いします」



 俺達があっさりと退散するとは思っていなかったのか、彼は慌てたように呼び止める。



「おい、ちょっと待て」

「はい? なんでしょう?」



 彼はすぐに振り返った俺達に少々驚きながらも家主の雰囲気を取り繕う。



「俺らはこの場所に越してきたばかりで、まだ家の整理もついてない状態なんだが……そんな場所に営業に来るとは随分と鼻が良いなと思ってな」



 その言い回し、俺達から情報を引き出そうとしているのが有り有りと感じられる。



 いいだろう、与えてやるよ。

 嘘の情報だけどな。



「いやあ、こちらに新しく住まわれている方がおられると聞きましてね」

「ほう、そんなことが。ちなみにそれはどこで聞いたんだ?」



 きたきた、食い付いてきたぞ。



「どこで、といいますと?」



 ちょっと勿体ぶってみる。



「ん……いや、だから、誰から聞いたのか気になってな」

「ああ、ああ、そういうことですか」



 こちらの焦らしが効いているようで、やや苛ついているのが分かる。



「それは当然、ピコポンからですよ」

「ピ……ピコ……ポン? どこの誰だ、それは」



 聞き慣れぬ響きの名前に戸惑いを隠せない様子。



「あれ? 私達はピコポン清掃サービスであると最初に申し上げませんでしたっけ?」

「だから、そのピコポン……ってのは一体なんだ?」



「えっ……ピコポンをご存じない?」

「む……」



 ゲッツは困惑と悔しさが混じったような複雑な表情で尋ねてくる。



「は……恥ずかしながら」

「ピコポンというのは悪霊の一種です」

「悪霊……」



 まるで常識かのように語る俺だが、もちろんそんなものは存在しない。



「ピコポンの中には良い霊も居ましてね。その良い霊が先日、ここの家に悪霊が取り憑いていて住んでいる方に災いをもたらそうとしている! と教えてくれたんですよ。私達はそんな悪霊の清掃を生業としているので、こうしてやってきたわけです」



「な、なるほど……」



 ゲッツは一応、返事はしてみるものの、俄に信じがたいというか、俺達を怪しげな宗教家や霊媒師か何かだと思い始めているようだ。



 そして判断に困ったのか、家の中に向かって指示を仰ぐような視線を送った。

 恐らくリーダー格であるギードとかいう男に判断を委ねたのだろう。



 これが、まともな盗賊……と言ったら語弊があるが、当たり前の判断を下すリーダーならこう出てくるに違い無い。



 俺が言っていることが虚言であるか、そうでないかに関係無く、自分達の存在を知られてしまった者を生きて帰すわけにいかない。



 盗賊であるとバレていなくても、ここに人が住んでいるという情報を持っていることがマズいのだ。



 だから、俺達を人目に付かない室内に招き入れ、できる限り情報を引き出し、その上で口封じの為に殺す――という選択をするはずだ。



 このままの流れで行けば中に入れる。

 というか、彼らが俺の誘いに乗って最初に扉を開けてしまった時点で、それは決まっていたに等しい。



 しばらくして、扉が大きく開かれた。



 中から微笑みの仮面を被った厳つい男が出てくる。

 ギードだ。



「これはこれは、こんな山奥までありがとうございます。」



 この家の家主だと名乗った彼は、いかにも恐縮そうに言う。



「言われてみれば最近、家の中でおかしな現象が起こることが多いような気がしていまして……常々不安に思っていた所です。今、悪霊のせいと言われて納得しました。よろしければ見て頂けませんか?」



「ええ、もちろん。それが仕事ですから」



 俺がそう言うと、彼は促すように家の中へ向かって手を伸ばす。



「ではどうぞ」



 それで俺達は、内部へと足を踏み入れる。



 侵入成功だ。

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