第23話 先住者
俺とルーシェは気配を消して物件の壁に張り付いた。
そこにある窓から、そっと中を覗き込むと、屋内の様子が視界に入ってくる。
居間と思しき場所に三人の男達がたむろしていた。
皆が皆、厳つい顔付きで、腰に剣をぶら下げている。
だからといって騎士や冒険者といった風貌ではない。
人は見掛けで判断しちゃいけないと言うが、あれはあからさまに悪党の面構えだ。
魔王である俺が言うのもなんだが、表向きと違う中身であるが故に真の悪が分かるということもある。
それが証拠に彼らがふんぞり返って座る椅子の向こう側に、胴回りをロープで縛られ、床の上で項垂れる少女の姿が見えた。
年の頃にしたら十五、六だろう。
整った綺麗な顔立ちをしていたが、その表情は暗く、虚ろな目で床の一点を見つめている。
男達はそんな少女を気にも留めず談笑に耽っていることから、普通じゃない奴らであることは確かだ。
「なっ、何か見えました?」
ルーシェが俺の側でぴょこぴょこと跳ねている。
彼女の背では窓の高さに届かず、中の様子が見えないのだ。
「あとで教えてやるから、ちょっと大人しくしてろ」
気付かれてしまいかねないので飛び跳ねる彼女の頭を押さえる。
そのまま窓辺に耳を寄せると、男達の会話が漏れ聞こえてきた。
「いやー傑作だったな! あのおっさんの泣き叫ぶ顔!」
「ああ、あれには俺も笑っちまったぜ」
「でも、殺しちまってよかったのか? 飼っておけば金になりそうな話が出てきそうじゃねえか」
「逃げられでもしたら後が面倒だろ。商人同士の繋がりは蜘蛛の巣よりも細けえからな。足が付くとこっちの仕事がやりにくくなる。それに俺はおっさんと寝起きはしたくねえよ」
「ははっ、違えねえ。なら次の荷馬車をやったら場所を変えた方がいいな」
男達は笑い合いながら、木箱に詰まった金貨をジャラジャラと楽しそうに掻き回していた。
その会話から推察できるのは、彼らが盗賊だということ。
恐らく、街道を行く商人の馬車などを狙い、金品を奪った挙げ句、殺してしまうということを繰り返しているのだろう。
この家は、そんな彼らにとって都合の良いアジトに成り下がっていたのだ。
ったく、とんでもない奴らだな。
無遠慮な侵入者に憤慨していると、彼らは先程の少女について話し出した。
「そういや、あの女はどうするんだ?」
内の一人が横目で縛られた少女を見遣る。
「奴隷商にでも売れば、結構高値が付きそうだがな」
「お前ら案外、淡泊だな。値は下がっちまうが、それは俺らが楽しんでからでも遅くないだろ」
「なるほど、そいつはいい」
彼らは顔を突き合わせ「いひひ……」と下品な笑いを見せる。
そんな男達の姿に少女は顔を引き攣らせ怯えていた。
この盗賊達、いずれは出て行きそうな雰囲気だが、こんな奴らに好き勝手やられた後には住みたくないな。
汚される前に排除しておきたい。
この場所は気に入ったし、別の物件を探すのも手間だ。
これはもう俺の家(予定)なのだから。
それに――、
ふと、俺は囚われの少女に目を向ける。
あんな状況を見せられて、放って置くわけにもいかないだろう。
さて、どうやるか……。
算段を練ろうとした時だった。
「ちょっと、マオ様だけズルいですよ? はいっ」
ルーシェが両手を上に挙げた状態で訴えてくる。
「それは何のつもりだ?」
「抱っこをお願いします」
「するか!」
「むぅ……」
彼女は惜しそうに唇を噛んだ。
そこで窓を覗けない彼女に中の様子を教えてやる。
「なんてことでしょう! マオ様の城に図々しく居座るなんて、キツい拷問を加えねばなりませんね!」
ルーシェは両手をワナワナと震わせながら、楽しそうな笑みを浮かべる。
こいつ……普段はマゾっぽいのに、俺以外の人間にはサドっ気が強いよな。
「で、どうします? 拷問がお好きでないなら、やっぱり皆殺しですかね?」
「それは、やりすぎだ」
俺としては、できるだけ目立つことは避けたい。
やるべきことは少女の救出と盗賊共の捕縛だけだ。
後のことはギルドや衛兵が処理してくれるだろう。
問題は、そのやり方だ。
目的を達成するだけなら簡単だからな。
盗賊共をぶっ飛ばせばそれでお仕舞いだし。
ただ俺は今、Fランク冒険者だから、あまり圧倒的な力でねじ伏せては、後々おかしなことになりかねない。
それなりに相手をしなければ不自然になってしまう。
そういや、あの盗賊達はどの程度の強さなんだろうな。
思うや否や、ある事を思い出しポケットに手をやる。
中から取り出したのは、ギルドで貰った
こいつを使う時が来るとはな。
俺は早速、鑑定鏡を右目に持って行き、男達を見る。
名前:ギード・ダマー
性別:男
種族:人間
職業:盗賊
冒険者適正:Cランク(適正値72)
名前:ゲッツ・バッヘム
性別:男
種族:人間
職業:盗賊
冒険者適正:Dランク(適正値67)
名前:グンター・カロッサ
性別:男
種族:人間
職業:盗賊
冒険者適正:Dランク(適正値65)
なるほど、こんな感じか。
で、この盗賊三人組だが、一人だけCランクのギードという奴が恐らくリーダー格だろう。
さっきの会話の中でも主導権を握っていたし。
さて、このCランクとDランクを相手に、Fランクの俺がどう立ち回るべきか?
俺は再び室内に目を向ける。
彼らが出したものだろう。
床には食い散らかされた食べ物のゴミが散乱していた。
その光景を見ながら俺は、ほくそ笑む。
別に正面から戦うだけが方法じゃないよな。
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