第32話 緑色の影



 俺とルーシェ、そしてアルマの三人はペタム街道を通り、ツオル山の麓へと向かった。



 邪竜マリーツィアはこのツオル山の山頂付近に居座っているという。



 俺だけなら山頂まで飛翔フライの魔法でひとっ飛びだが、それだと彼女達が付いてこれない。

 なので地道に歩いて行くしかない。



 無論、そこには山道らしいものは無いので、歩けそうな場所を選んで登って行く。



「にしても、静かなもんだな。とても邪竜が居るとは思えない」



 鳥の囀りと木漏れ日の中を歩く。

 平穏そのものだ。



 俺が常日頃求めていたのは、こういうなんでもないことなんだよな。



「ええ、この穏やかさ。実に良いピクニック日和ですね」

「まだピクニックを引き摺ってたのかよ」



 すぐ隣を歩くルーシェが朗らかな笑顔で言ってくる。

 そこにはダークエルフ特有の老獪な顔付きは無い。



 まあ、普通のエルフなんだから当たり前なんだが、すぐに自分を盛ることを忘れるようで、結構な頻度で素の表情が出る。



「それはそうと……これは何の真似だ?」



 俺は自分の左腕に目を向けながらルーシェに尋ねた。

 彼女は、さっきからずっと俺の腕にしがみついているのだ。



「何って、あの子が離さないから私もそうしてるだけです」



 反対側に目を向けると、右腕にはアルマが同様にしがみついていた。



「お前も何やってんだ……?」

「す、すみません……つい」



 と、謝りながらも離さないのはどうしたものか。



「こんな山道で横に並んでは歩きにくいだろうが。とにかく一旦、離れろ」



 そう言って同時に振り解くと、彼女達の手を持って互いに繋ぎ合わせる。



「手元が寂しいなら二人で繋いどけ」



「え……」

「あ……」



 二人は顔を見合わせると気まずそうな表情を浮かべる。

 だが、意に反して心地良さを感じたのか、彼女達はそのままの状態で俺の後を付いてくる。




「あの……マオさん。一つ聞いていいですか?」



 歩きながらアルマが尋ねてくる。



「なんだ?」

「お二人はどうして邪竜退治に?」



「城を買う為ですよ」

「お城……?」



「城じゃない、家だ家!」



 ルーシェの言葉を即効で訂正する。



「ゆっくりと平穏に暮らせる家が欲しいと思ってな。その購入資金の為だ」



「そうなんですか。でも、数々の冒険者が邪竜に挑んで返り討ちにあったと聞いていますが……」



 彼女は遠回しに言っているつもりだろうが、俺には何が言いたいかが分かる。



「それはあれか? FランクとEランクの二人が、どうしてSランクのクエストに挑むのか……っていうことを聞きたいのか?」



「えっと……はい。ちょっと失礼な言い方になってしまったかもしれませんが……」



 アルマは申し訳なさそうにしていた。



 彼女の前で盗賊達が鑑定鏡を使っている。

 俺達がFランクとEランクだってことは当然知られている。



 そんな低ランクの冒険者が邪竜退治と言うのだから、逆に気にするなという方が無理な話だろう。



「倒せそうだから、じゃダメか?」

「へ?」



 アルマは意想外な答えだったのか、気の抜けた声を上げた。



「じゃあ聞くが、アルマはSSSランクだが、一人で邪竜は倒せそうか?」

「え……っと、それはちょっと……」



 彼女は困惑の表情を浮かべる。



「ランクなんて、そんなもんじゃないか?」

「は、はあ……」



 もっともらしいことを言ってるが、俺としては結構危うい感じである。

 それでも、とりあえず受け止めてはくれたようだった。



「マオ様なら邪竜などワンパンですよ」



 ルーシェは邪悪な笑みを浮かべながら、パンチの素振りをして見せる。

 アルマはその様子を渇いた笑みで見守っていた。



 このまま何事も無く、山頂まで行けるような気がしていた。



 だが、急に周囲に漂う空気の流れが変わる。



「ん……」



 俺が足を止めると、それに合わせるように彼女達も歩みを止める。



「マオ様、どうかしました?」



 ルーシェが緊張感無く、聞いてくる。

 だから答えてやった。



「何かに取り囲まれている」



「えっ……!?」

「いっ……!?」



 彼女達は互いに抱き合って体を強張らせた。



 周囲に複数の気配を感じる。

 だが、一つ一つは大したものではない気がする。



 これは……。



 その正体をなんとなく理解した直後、

 草葉の陰からゆらりと――緑色の影が姿を現す。



 それは、ゴブリンの群れだった。


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