第44話 三文芝居



 俺は思った。



 この邪竜マリーツィアという奴、魔王である俺と立場が似ているんじゃないかって。



 本当は邪竜なんてやりたくないのに、邪竜というだけで冒険者が討伐にやってくる。

 それを仕方なく相手にしなければならない。

 そんな状態なんじゃないだろうか。



 討伐にやってくる勇者に辟易していた俺と大差無い。



 それが確信に至るまで、ちょっと奴の演技に乗っかってみようじゃないか。



 そうと決まればこちらも演技だ。



「はっはっはっ、自ら弱点を晒すとは愚かな竜よ」

「っ!?」



 急に俺が自信ありげに笑い出したので、邪竜は一瞬、ビクッとなった。

 だがすぐに何事も無かったかのように取り繕う。



 そして、さっきの俺に輪を掛けたくらい自信たっぷりに言う。



「ふははははは、それは弱点を教えたところで貴様が私に勝つ可能性など万に一つも無いからこそ口にしたまで」



「ほう、随分な自信だな。だがこの俺を舐めていると後々後悔することになるぞ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやろう。ふはははは」



 うわー……完全にこれ、俺と同じパターンの芝居じゃねえか。

 こちらの立場になって見ると、結構寒い感じに見えるが……俺はもっと上手くやってるぞ……と信じたい。



「さあ、いつでもかかってくるがいい」



 邪竜は両手を広げ、完全無防備状態で構えを取る。

 腹を見せ、いつでもやって下さいと言わんばかりだ。



 隙ありすぎんだろ!

 もうちょっと、それっぽく見せろよ!



 まあいいか。

 こっちが合わせてやればいい。



「では、行かせてもらう」



 そう宣言して剣を構えた。

 まずは軽く刃を合わせ、ここぞと言う時を見極める。



 そう思って一歩、踏み込んだ時だった。



「ぐわあぁぁぁっ! やられたぁぁぁぁっ!!」

「!?」



 巨体がドシンと音を立てて、その場に頽れる。



 早えぇよ!


 まだ何にもしてないうちに勝手に倒れやがった……。



 どんな理屈を述べるのか待っていると、邪竜は虫の息を装いながら呟く。



「ぬぐぉぉ……剣圧のみで我が心臓を一突きにするとは……さ、さすがだ……。たが私は……ただでは死なん……このツオル山の深部に眠るマグマを目覚めさせ、貴様達を道連れにしてやる……グオォオォオォォォォッ」



 邪竜は断末魔の咆哮(嘘)を上げる。

 すると山全体が地震のように震え始めた。



 恐らく、その叫びで山を震動させ、噴火の予兆を演出しているつもりなんだろう。



 ふむ……。



 ここはその演出に乗っかって一旦、退く必要があるな。



 そのことをルーシェとアルマにも伝えようとすると、



「わわわわっ!? た、大変です! マオ様、早く逃げないと!」

「ひゃっ!? マ、マグマに飲み込まれたら、骨も残らず溶けてしまいます!」



「……」



 普通に大慌てだった。



 しかしまあ、本当に逃げたっぽく見せるには丁度良いといえばそうだ。



「それじゃお前ら、退くぞ」



「は、はいっ!」

「あっ、マオ様、待って下さい!」



 俺は彼女達を引き連れて、山頂へ登って来た道を逆戻りする。



 だが、倒れた邪竜の姿が見えなくなると足を止め、近くにあった岩場の陰に身を寄せる。



「ど、どうしたんですか!? 逃げないんですか?」



 ルーシェが心配そうに聞いてくる。



「まあ、見てろ。ここで奴の様子を窺う」

「?? よ、良く分かりませんが、マオ様がそう仰るのなら……」



 邪竜の演技が本物だと思っている癖に、自分だけ逃げようとしない所は彼女らしい。

 アルマも俺の行動を不思議に思いながらも側にいた。



「さて、そろそろか」



 俺が言うや否や、地鳴りと共に起きていた山の揺れが止まる。

 岩陰から邪竜の様子を窺うと、丁度奴は「よっこらしょ」と、その身を起こすところだった。



「あぁー、やっと帰ってくれた。死んだふりも楽じゃないな」



 そんな独り言がここまで聞こえてくる。



 結構、声デカいのな。



「これでしばらく誰も来なければいいのだが……」



 邪竜は一息入れるようにその場に腰を下ろした。



「それにしても……邪竜、邪竜って……私は好きで邪竜に生まれたわけではないのだ。ただ、静かに暮らしていたいだけなのに、寄って集って邪魔をする。本当に迷惑だ。私の名を傘にして私腹を肥やしている卑しい人間もいる。あいつらのせいで私の悪評も更に酷くなる。困ったものだ……」



 ブツブツと愚痴が続く。



 やはり、邪竜マリーツィアは俺が思っていた通りのドラゴンだった。

 俺と同じ、自身の肩書きを拭い去りたいのだ。



 それが分かれば、もう充分だろう。



 俺は岩陰から離れ、再び元の場所へと戻る。



 邪竜はそこで頬杖を突いて地面に寝そべっていた。

 俺達が戻って来るだなんて露程も思ってないのだろう。

 非常に無防備且つ、破壊神が遣わした神獣とは思えない格好である。



 そんな邪竜に向かって声を掛ける。



「むちゃくちゃ寛いでるところ悪いな」



「ふぁっ!?」



 邪竜は変な声を上げると、慌てて飛び起きた。


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