(4)
「――それで? どうしてこんなところにお前が居るのだ?」
そう戌斬が切り出したのは、妖達を殲滅し終えた後だった。
生き延びた村人達が、他の村に移るのではなく壊滅された村に残ると聞いた後、芒野原を南に向かって走りながらのことだった。
先頭を左右。その後ろを戌斬、猿我、桃狩を背負った鵺の順で。
「草禅様が仰っていたのだ。あの村にいれば必ず近いうちに桃狩様が来ると。
その時に、『鬼ヶ島』の現状を伝えてくれと頼まれたのだ」
「それは是非聞きたいところだ。実際問題、草禅様はご無事なのか?」
と戌斬が訊ねたとき、鵺に背負われていた桃狩はピクリと反応した。
「……前に行くか?」
と鵺が訊ねるも、桃狩は頭を振るだけで否定を示した。
お陰で鵺はなんだかなぁ~と内心で溜め息を吐いた。元々全てが片付いて、いざ話をしようとなった段階で、走りながら説明すると提示したのは左右。
出来る限り早く『鬼ヶ島』へ向かいたいと言われば、鵺以外に反論する者はなく。
なし崩し的に走りながらと言うことになったとき、問題は起きた。
走っての移動となると断然持久力がないのは桃狩。だったらと、戌斬が背負って走ると提案したのを『遠慮』と言う意味合いでもってやんわりと。だが断固として拒否を示すと、あろうことか鵺の背を借りると言われたから堪らない。
野郎を背負う趣味なんかないと、あからさまに拒絶するも、『だったら、あたしが背負ってあげる!』と、嬉々として猿我が名乗りを上げて。
いくらなんでもそれは断るだろうと鵺は思っていたのだが、桃狩が申し訳なさそうに『お願い出来るだろうか?』と伺いを立て、物言いたげな顔をするものの戌斬が無言を貫けば、冗談じゃないとばかりに鵺は桃狩の襟首を捕まえて自分の背中に乗るように命令した。
お陰で猿我には真っ向から不満をぶつけられ、戌斬と、何故か左右にまで物言いたげな表情を向けられると言う羽目になり。何とも言えない空気を断ち切るかのごとく、戌斬が『行こう』と告げて、ようやく一行は移動を開始したものの、鵺は正直、落ち込んでいる桃狩を背負っているせいで調子が狂っていた。
「草禅様は、今の所はご無事です」
「それは確かなのか?」
「はい。ここにワタシが存在しているのがその証拠です」
「どう言うことだい?」
と何気なく猿我が問い掛ければ、答えはすぐに返って来なかった。
ただ、再び左右が口を開いたときには、若干覚悟を決めたような声で答えた。
「ワタシは草禅様の力によって作られた『式神』です」
刹那、鵺は自分の首に回されていた桃狩の手に力が籠るのを感じた。
「普段ワタシは具現化せずに草禅様のお傍に控えています。
故に、具現化して行動をするためには草禅様のお力を分けていただくしかありません」
「ん? それって戌斬もじゃないのかい?」
「違います。彼の場合は元々がありましたから。
ですがワタシは……一から作られましたから……存在そのものが草禅様のお力によって作られているのです。故に、草禅様からの力が途絶えたとき、ワタシは姿を維持することも力を使うことも出来ません」
「ふ~ん。じゃあ、とりあえず喋っていられる間は、桃狩の父さんから力が送られているってことかい?」
「概ねそうです。力を送ってもらっていますから草禅様とは繋がりがあります。故に、草禅様に何かあれば繋がりが消えますので、すぐに分かるのです」
と答えると、ますます桃狩の手には力が籠り。挙句に桃狩の震えまでが伝わって来た。
左右と桃狩の間に何かがあったことは嫌でも分かった。
そして、そのことを戌斬も知っていると言うことを。
だからこそ、桃狩が戌斬を頼らなかったとしても普段のように取り乱したりしなかったのだと。
「じゃあさ。そもそも一体何があったのか、あんたは見てたのかい?」
「はい。今から半年ほど前、草禅様は我鬼を捕え『鬼ヶ島』へ連行しました。
それから五か月間を掛け、我鬼を式神にするために術を施して来ました。
しかし、我鬼の力は強く、なかなか作業は捗りませんでした。
それでも、今から半月ほど前にはようやく我鬼も大人しくなり、ようやく一段落着いたと思った草禅様は、一度帰郷する旨を伝え、『鬼ヶ島』を後にしました。
『暗鏡行路』を使い、途中の町で土産を買い込みつつ四日かけて呪力などを回復なされ、もう少しでと言うところで、『鬼ヶ島』に忘れ物をしたことを思い出されました」
「一体何を忘れたのだ?」
「分かりません。ですがすぐに戻ろうと宣言なさると、再び四日掛けて『鬼ヶ島』へ向かわれました。すると、そこは既に収容されていた妖達で溢れ返っていました。
草禅様はすぐさま妖達を抑え込みました。収容された殆どの妖は草禅様が捕えて来た者達です。草禅様の脅威は身をもって知っている者達ばかりでした。
中には大人しくなった者もいましたが、徒党を組めば気が大きくなるのは人間だけではありません。数で攻めれば勝てると踏んだ妖達が大挙して反旗を翻したなら、草禅様は容赦などなさいませんでした。
我が主ながら恐ろしいお方です。一度決めれば一切の躊躇いも戸惑いもなく、一つの術で数多の妖を滅ぼされて行きました。そう言う意味では、我鬼達が自力で封印を破った時に草禅様が『鬼ヶ島』にいらしたことは幸いだったでしょう。それは同時に我鬼達にしてみれば忌々しいことです。我鬼に煽られた血の気の多い妖達が、恨みを晴らさんと草禅様を襲撃なさいました」
「それで、草禅様はどうなったのだ?」
「押し寄せる妖を、片っ端から撃ち滅ぼして行かれました。
それは三日三晩、不眠不休で行われました」
「……何もんだよ、お前の親父さんは。鬼か? 鬼なのか? 本物の鬼なのか?」
想像するだけでゾッとして、思わずからかい口調で問い掛けるも、桃狩からは何一つ反応は見られずに。
「お陰で、草禅様の強さを改めて目の当たりにした妖達が、恐れを抱いて尻込みしたのです。束の間の空白の時に、草禅様は生き残りの術者を集めて結界内に閉じ籠りました。
そして、束の間の眠りに落ちる前に、ワタシを外へ放ったのです。
あの村で待っていれば、おそらく戌斬を伴った桃狩様がやって来ると。その時が来たら、『鬼ヶ島』の状況と次のことを伝えよと。
『お前にやるべき『式神』候補が雁首揃えて待っているぞ。
私が討ち滅ぼしてしまう前に取りに来い』――と」
「……いや、普通は『危ないからすぐに戻れ』じゃねぇのかよ。
どんだけ容赦ねぇんだ、お前の親父さん」
と心底呆れたとばかりに呟けば、
「三日三晩戦った後に、なんでそんな余裕のあること言えるんだい?」
同じく、信じられないとばかりに猿我が声を上げ、
「相変わらずでホッとした」
唯一戌斬が胸を撫で下ろした。
「いや、その反応おかしいだろ」
と、最後尾で突っ込みを入れるも、背負った桃狩から反応はなく。
(こいつもこういう反応出来るんだな……)
鵺は素直に意外だなと思っていた。ほぼ初対面の妖にずけずけと言われたくないことを言われたとしても、腹を立てることも距離を取ることもなかった桃狩。
それが、父親の式神だと言う温厚そうな妖に対して明らかに距離を取ろうとしている。
一体どんなことがあればこうなるのか。
少なくとも、左右の桃狩を見る目には嫌悪感や侮蔑を含んだものはない。
あるとすれば、悲しみや罪悪感。
そんなものを向ける相手から、逃げる理由が全く思い至らなかった。
「おい。一体お前はあいつに何されたんだ? それともしたのか?」
と、呆れたように問い掛ければ、桃狩はびくりと体を強張らせて握る拳に力を込めた。
「まぁ、別に言いたくなけりゃ言わなくてもいいけどよ。
せっかく親父さんの情報が聞けるんだろ? 聞いておきてぇことはねぇのか?」
すると背中で頭を左右に振る感触が。
(つーか。そう言うのは女にやってもらうからこそ価値ある仕草であって。野郎にやられても何も嬉しくねーんだっつーの!)
聞きたいことが無い訳が無いにも拘らず、素直に聞こうとしない桃狩に苛立ちを覚えた鵺は、荒療治とばかりに声を張り上げた。
「おい! そこの前にいる白いの! お前こいつに何したんだ? お前を怖がってるせいで俺がいい迷惑だ! 和解なりなんなりして、さっさと仲直りしろ!」
「ぬ、鵺殿!?」
ある意味暴挙と言っても差し支えはなかっただろう。
それまで一切声を発しなかった桃狩が、悲鳴じみた声を上げると、『うるせぇよ!』と一喝し、むんずと両手で桃狩の後ろの襟首を掴むと、思いっ切り投げ飛ばした。
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