(2)
「おいおいおい。あまりあたしを笑わせないでくれるかねぇ。
このなり見て分からないのかい? あたしはこれでも妖なんだよ。逆らうだけ痛い目を見ることになるんだから、そんな物騒なもん置いて、さっさと通行料を払っちまいな。
そうすりゃあ何も、命までは取らずにいてやるからさ」
と、豊満な胸の下で腕を組み、ますます女人としての魅力を引き立てつつ失笑する。
歳の頃は二十前後。縁が黒く、中は押さえた赤い色の、二の腕の中ごろまでしか袖がない着物を着ていた。丈は腿までしかなく、その裾から覗くのは、膝上までの黒い猿股のようなもの。腰を縛るのは色付いた銀杏色の布帯。脛の半ばから脚絆が巻かれた草履姿はそのまま髪を結い上げれば、どこぞの祭りで神輿でも担ぎそうな出で立ちで。
だが、女のやっていることは山賊行為だった。
「すまぬ。通行料とやらがどれ程の物かは知らないが、私の持ち物全てが、私が用立てたものではない。故に、そなたらに渡せるものは何もない」
とりあえず、馬上から忠告する。
すると赤毛の妖は、少しばかり驚いたように眼を見張り、意外そうな口振りで返した。
「へぇ~。あんた達、随分と肝が据わっているじゃないか。
それに何? 声からして、あんたまだ若いんじゃないのかい?
どれ、あたしにあんたの顔を見せとくれよ」
と、好奇心旺盛に、まるで警戒することなく近付いて来れば、
「――女。それ以上近付けば、問答無用でその喉を掻っ切るぞ」
一瞬で女の懐に入り、喉元に短刀を突き付けた戌斬が低い声で威嚇する。
女山賊の顔から笑みが消え、
『お嬢!』
次から次へと、仲間らしき男達が山の斜面から飛び出して来た。
その数、十人。女山賊の後ろに五人。桃狩の後ろに五人。手に手に刃物を構え、すぐにでも飛び掛りそうな勢いの男達に向かって、女山賊は声を張り上げる。
「動くんじゃないよ! お前達!」
張りのある、逆らい難い声に、飛び出しかけた男達の足が地面に縫い付けられる。
だが、女山賊の恐ろしく冷えた眼は、真っ直ぐ戌斬にだけ向けられていた。
「……あんた、あまりに気配がないんでおかしいと思ってたけど、これだけ近くに寄られれば理由も分かったよ。あんた、妖だね」
『っな……』
女山賊の指摘に、周囲の男達に動揺が走る。
「だったら何だ」
構わず肯定し促せば、女山賊は動いた。
「――随分と、お人よしだと思ってね!」
素早い回し蹴りが戌斬に伸びる。
それをしゃがんでやり過ごし、女山賊の軸足を狙って足払いを掛ければ、なす術なくうつ伏せに倒れる女山賊。
しかし、地面に両手を付くなり躰を起こすと、即座に反撃に出た。
次々と繰り出される足技を、戌斬は全て見切って躱し、技と技の僅かな合間を狙って反撃する。上段の蹴りを左手で受け止めて、即座に踏み込み逆手に持った短刀を振り抜けば、読んでいたとばかりに、上体を逸らして躱された上で、振り上げるような鋭い蹴りが飛んで来た。
常人であれば、まず躱すことなど出来ない攻撃。だが、戌斬は地面を一蹴りすることで、大きく後方へ宙返りし、強烈な一撃を受けることを避けた。
しかし、そこを狙って女山賊は間合いを詰める。
戌斬が着地する瞬間、槍の如く突き出される後ろ蹴り。
咄嗟に左腕を差し込んで、腹部への直撃を避けるが、すぐさま左右からの上段下段を織り交ぜた蹴りの連続攻撃が戌斬を襲った。
一度などは、容赦ない局部を狙った一撃まで飛んで来たが、膝を合わせることで回避し、回避したことで繰り出された、頭を狙った飛び蹴りをしゃがんで躱した。
女山賊は非常に身軽で素早く、戌斬が仕掛けても、宙に飛んで逃げたかと思えば、瞬時にして間合いを詰め、攻撃へと転じる。
だが、そうそう戌斬も負けてはいなかった。むしろ、徐々にだが、押し始めていた。
風を斬り裂き唸りを上げて襲い来る回し蹴りを、しゃがんで躱して、立ち上がると同時に女山賊の背中に掌底を叩き込む。
上段蹴りを左腕で受け止めて、短刀を持ったままの右手を、腹部に叩きつける。
一歩引いてやり過ごし、一気に間合いを詰めては、何かを仕掛ける振りをして、女山賊自らが飛び退くように導く。
時に転ばし、時に突き飛ばし、時に膝を付かせ、だが、けして右手の短刀で致命傷を与えようとはしない戌斬。
「――一体、何のまねだい?」
何度目かに地面に膝を付かされた女山賊が、上がった息を整えながら、怒りの籠もった声で詰問して来る。
対して戌斬は、息一つ切らさずに答えた。
「――どうするべきか考えあぐねいている」
「あ? なんだいそれは?」
意味の分からなさが、益々、女山賊を苛立たせた。
故に、戌斬は補足する。
「貴様が妖であれば、問答無用で命を頂いていた」
「は? あたしは妖だと言っただろ?」
「だが、それは正しくもあり、間違いでもある」
「!」その一言が、ハッと女山賊に息を飲ませた。
「貴様――」
「言うな!」
女山賊が血の気を引かせて声を張り上げるも、
「――半妖だな」
戌斬は無慈悲に、正体を暴露した。
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