第四章『女山賊――猿我(えんが)登場』
(1)
「桃狩様。先に一つお聞きして置きたいことがございます」
そう戌斬が切り出したのは、紅葉で色づく賑やかな山の中に入った頃だった。
右手を山の斜面。左手が崖となっている、景色を見下ろすには持って来いの場所だったが、心配性の者には馬で通ること自体、少々恐ろしく見えるかもしれない――そんな場所。
一応それでも、荷車が余裕ですれ違えるほど道幅は広いのだが、実際戌斬は、桃狩の左側を歩きつつ、馬自体を山の斜面側に押しやって歩いていた。
万が一のことが起こって、桃狩が崖から落ちていかないように――と言う配慮であることは重々承知しているが、存外戌斬も心配性だなと思う。
思いながらも広がる景色に眼を奪われる。
色づく木々の合間に見える、薄い青空と黄金色の絨毯。ときおり蜻蛉が飛んで行き、ヒラヒラと赤い楓が散って行く。
こういうところで紅葉狩りなどすると、いいのだろうな……と、何となく思っていると、
「聞いておられますか?」
怪訝そうに問い掛けられた。
「ん? あ、ああ。すまない。聞いていなかった」
「……そうではないかと思っていました」と、少しばかり溜め息を吐かれる。
「すまぬ。で? 何の話だ?」
「はい。今夜のことなのですが、地図によりますと、もう少し行ったところで下り道がありますので、その先の村に一泊させて頂くか、この山にて野宿と言うことになりますが、どちらをお選びになるかと」
「野宿だな」
「即答ですか」
「何か問題でもあるのか?」
「ワタシにはないのですが……」
「ならば、私にもない」
「ですが芙蓉様は……」
「今は母上もここにはいない。男子たるもの野宿の一度や二度したところで、おかしなものでも食さぬ限りどうなることもない。
それに、村に行けばお前は余計な気を使わなければならなくなるだろ?」
「!」
「それともお前は外見を普通の人間のように変えることが出来るのか?
髪はとりあえず若白髪と言うことにしても」
「若白髪……ですか?」
若干の苦笑い。
「だとしても、その眼がな……。人の眼は黒か鳶色か茶色だ。髪の色だって、白か黒か灰色か、茶色がかっているのが精々だ。それ以外の容姿は人外のものだと宣伝して歩いているようなものだからな――と、法禅(ほうぜん)叔父上が言っていたからな」
「はい。確かに、昨日言っておられましたね」
と、昨夜のことを思い出して苦笑する戌斬。
「それに、村と言う集団は、よそ者には厳しいと聞くし、変に疑われても厄介だ。
出来ることなら、村に滞在するのは避けた方がいいとも言っていただろ?
なに。一晩ぐらいならどうということもないさ」
と、当たり前のように駄目押しをすれば、
「お心遣い、感謝いたします」と、謝辞が返って来た。
「戌斬は真面目だな……」と、呆れて見せれば、
「昔ハメを外し過ぎましたので」と、意味ありげな答えが返って来て――
思わず見下ろした桃狩と、見上げた戌斬の視線がぶつかり、二人は同時に吹き出した。
「とりあえず、今夜は野宿だ。もう少し進んだら寝床を作ろう」
「では、人気もないようですし、少しばかり飛ばしますか?」
「そうしよう」
と、二人で示し合わせて走り出そうとしたときだった。
「ちょいと待ちな、御両人。この山通るには通行料が必要だって、知ってたかい?」
背後から、突然不穏な声が上がった。振り返るとそこには、一体いつの間に現われたものか、腕も足もこれ見よがしに露にした、妙齢の女がそこにいた。
いや、正確には妙齢の女の姿をした妖が――。
「戌斬」
「はい。桃狩様」
腰の刀を素早く抜いて、戌斬が桃狩を守るように前に出る。
それを見た、燃えるような真紅の波打つ長い髪に、金色の瞳を持った妖が、紅を塗った艶のある唇を片方上げて笑って見せた。
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