(3)
『半妖』とは、何らかの理由で妖と人間との間に生まれた存在のことを言う。
外見的特徴は、親となった妖の力が強ければ妖の特徴が色濃く受け継がれ、人間の方が何かしら強かった場合は人間の姿でいる確率の方が高い。
力の有無は、それこそピンからキリまで。どこまでも妖の力を受け継ぐ者もいれば、外見も力も特に受け継げないものもいる。見た目だけで力のない者も、見た目を裏切って力だけ受け継ぐ者も。
その傾向は一概に言えるものではないが、ただ一つ言えることは、『半妖』は、妖にも人間にも受け入れてもらえない孤独な存在だ――と言うことだ。
妖には半端者と罵られ、人間には『妖混じり』と忌み嫌われ、身内ですら多くが拒絶し、幼少の頃に殺されることも多い憐れな存在――
「――っく」
女山賊が、地面の上で拳を握り、ガックリと項垂れて悔しげな声を洩らす。
その頭上から、容赦なく戌斬は続けた。
「人に仇なす妖ならば、ワタシに躊躇いはない。だが、貴様は半分人間だ。ワタシは人間を二度とこの手に掛けないと、ある人に誓った。
故に、考えている。貴様を生かすか、殺すか。
だからこそ頼みたい。ワタシ達をこのまま素直に通してくれないか?」
「――っざけるな!」
女山賊が吼えたと思った次の瞬間、地面に跪いていた女山賊の姿が消えた。一瞬にして宙へと飛び上がり、凄まじい回転蹴りを解き放つ。
「無駄なことを……」
余裕で頭上の上を通らせて、虚しさを含んだ一言を発した瞬間だった。
バシッ
「?」
確かに左足は躱したはずなのに、右足が飛んで来る前に、何かが強か戌斬の編み笠を打ち据えていた。
目測を誤ったのかと、見ていた桃狩は思った。
戌斬が一歩よろめき笠が飛び、隠されていた銀髪が日の下に晒される。
その顔を目掛けて、女山賊の右足が飛んで来れば、戌斬は足を見ることもなく、右手でそれをがっしりと掴んだ。
「!」
驚愕に眼を見張る女山賊。
受け流すでもなく、躱すわけでもなく、初めて攻撃を受け止めて、戌斬はそのまま女山賊を持ち上げ――強か地面へと叩き付けた。
「がっ!」
『お嬢!』
女山賊の仲間達が悲鳴を上げる。だが、
「動くな!」
肌を刺すような厳しい戌斬の声に、金縛りの如く動きを止める一同。
お頭である女山賊の命を掴んでいるのは、言葉通り戌斬。
女山賊を救おうと思えば、戌斬に逆らうわけには行かなかった。
だが、
「貴様こそ動くな! 動けば貴様の連れの命はないぞ!」
当然のことながら、同じ状況を作る男達。
簡単に背後を取られ、喉元に刃物を突きつけられる桃狩だが、あまり恐怖心はなかった。
もしかしたら、刃物を突きつけて来た男の手が震えていたからかもしれない。
自分を恐れて震えているわけではないと言うことは、桃狩もよく分かっていた。
男達が恐れているのは、女山賊の命を奪われること。
その気になれば、戌斬が容易く女山賊の命を奪えると言うことを知ってしまったから。
だが、それは同時に諸刃の剣。
万が一、逆上した戌斬が、迷いなく女山賊の命を奪い、即座に桃狩を救う可能性を高める切っ掛けにもなりかねないのだから。
「ひっ」
感情を消し去った、無表情な戌斬の眼が、桃狩の背後に向けられる。
眼の合った男が悲鳴を飲み込んだ。
「お、お嬢を、放せ。さもないと……」
と、言い切る前に、あっさりと手を放す戌斬。
それを見届けた桃狩が穏やかな口調で言葉を向けた。
「さ。戌斬は放したぞ。お前達はどうするのだ?」
「う、うるさい! お前は黙っていろ」
「別に私達はお前達を退治しに来たわけではない。このまま山を抜けたいだけだ。
ああ、ただし、今夜一晩は野宿させてもらうつもりだが」
「ふざけてんのか!」
喉に突きつけられた刃物が食い込む。
冷やりとした感触に、背筋まで冷たくなるが、まだ刃物は皮膚を破いてはいない。
「別にふざけているつもりはない。至極真面目だ。なぁ、戌斬」
「はい」と言いつつ、落とされた深い編み笠を手に取る戌斬。
「そう言うわけだ。出来れば穏便にことを済まさせてくれないか?」
と、何度目かの提案を口にしたときだった。
「――行きな」
『お嬢!』
声は、女山賊のものだった。
その声と、その決断に、安堵と抗議の声を上げる男達。
その声に支えられるように、女山賊は頭を押さえながら躰を起こした。
「大丈夫か?」と声を掛けたのは、笠を被り直した戌斬。
「よく言うよ」と、減らず口を返しながら、恨みがましく睨み付ければ、
「ふむ。ワタシの頭を打ったのはその尻尾か」
胡坐を掻いて座った女山賊の足元で、ピコピコ動く、猿の尻尾を目に留めて、どこか納得する戌斬。
「……別に好きで生やしてるわけじゃないよ。ったく。とんだ貧乏くじを引いちまったよ」
「お嬢」と、愚痴る女山賊の周りに集う男達。
よくよく見れば、その耳などは先が尖っていたり、手に鱗状のものが付いていたり、眼の色が普通とは違ったり。皆が皆、半妖だったのかと今更のように桃狩は知った。
「でも、いいんですかい? あいつらこのまま行かせても。あっしらは納得行きやせん」
と訴えるのは、女山賊よりも年上の男だった。
だが、女山賊は悔しそうではあるが、面倒くさそうな口調で答えた。
「納得が行くも何も、見ていて分かっただろ? あたしらはそこの白いのには敵いっこないんだよ。言ってるだろ。命あってのモノダネだって。それに、女子供には手を出すなとも言ってある」
「子供……ったって、あれだけ大きけりゃ、普通は子ども扱いしやせんぜ、お嬢」
と、どこか呆れた口調で別の男が進言すれば、
「いいんだよ。あたしより若い見た目の男は皆子供なんだよ」
「……無茶苦茶ですよ、お嬢~」と、誰かが情けない声を上げたなら、
「……よくよく仲間に慕われているのだな」
つい微笑ましくて、言葉が口を吐いて出た。
「あ? ああ。こいつら皆、あたしと同じ半妖だからな。
でも、見て分かるだろ? あたしよりよっぽど人間らしい。
でも、人間達はこいつ達を受け入れてくれなかった。
だから、あたしが拾ったんだ。あたし達から奪って行くなら、あたし達も奪ってやるって。
でも、あたしらは弱い奴からは奪わない。女や子供や貧乏人からはな。金持ち連中はそういう奴らから金をふんだくってるから、あたしらはそれを頂くのさ。あと、身なりのいい奴な。ま、信じるかどうかは別だが、これ以上やってあたしの仲間まで殺されちゃあ目も当てられないからな。あんたらもういいよ。さっさと行っとくれ。
あ、でも。後生だから、一度あんたの顔見せてくれよ。別に見せたところで減るもんじゃないだろ? 二度ともう会わないかもしれないんだから、いいだろ?」
「……この期におよんで、まだそんなことを……」
と、明らかに呆れて戌斬が零せば、
「うるさいね。あんたの顔は拝ませてもらったからいいんだよ。ほんとに、妖連中って、どうして無駄に美形に化けるかね。目の保養になっても興味はないよ」
「持たれても困る」
「言ってろ」
と、舌を出してみせる女山賊と、呆れ返っている戌斬。
そんな二人を見て、桃狩は言った。
「まぁ、いいではないか、戌斬。確かに減るものではない。落胆させると申し訳ないのだが、私はこんな顔をしている」
と、笠を脱いで、顔を表に出した瞬間だった。
「前言撤回! やっぱあんたはここにいろ! あたしの目に狂いはなかった!」
眼を輝かせて、歓声を上げて飛びついて来そうになったのを、慌てて戌斬が止めに入り、その後は互いに手を出さないまま口論する様をお披露目し、結局その日は、女山賊――猿我(えんが)の世話を受けることとなった。
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