(3)

 四方に分かれて妖達を打つ三人。その合間を縫って桃狩は走る。目的は妖達の殲滅ではない。妖達は草禅達を救出すればいくらでも対処が出来る。今は少しでも数を減らし、草禅達が立て籠もっている場所――術者達の宿舎へ少しでも早く辿り着くことが目的だった。


「戌斬! 案内を頼む!」無茶を承知で命ずれば、

「こちらです」と、即座に戦線から離脱した戌斬が先導する。

「鵺殿! 猿我殿!」

「はいよ」

「今行く」


 力強い声を背中に、振り返ることなく桃狩は走る。

 障壁の中には、更に大きな障壁があった。その小さな門を通り抜けると、更に中は二つの障壁によって分けられていた。


 大きな障壁の中が、『式神候補』達が本来いる場所で、その横の小さな障壁の中に術者達の宿舎があると、左右は説明していた。

 実際そのとおりで、戌斬の足もそちらに向いている。


 背後で何かが崩れる凄まじい音がした。

 何事かと振り返れば、猿我と鵺が門を壊し、入り口を塞いでいた。


「あの馬鹿ども。障壁を壊したりして、結界が消えたらどうしてくれるんだ」


 苛立たしげな戌斬の言葉に、やっぱりそうだよな……と、冷や汗を流す桃狩だが、壊してしまったものは仕方がない。

 おそらく戌斬もそう思ったのだろう。それ以上は何も言わずに宿舎へと向かい――その速度が、唐突に落ちた。

 誰かが、宿舎から出て来たのだ。


「何だ、あれ?」


 追いついた鵺が眼の上に手を翳して『それ』を見る。

 出て来る者は、妖ではなかった。


「人間?」


 猿我が隠しきれない右腕を後ろに回しながら、自信なさげに呟けば、


「確かに人間だ」


 桃狩の目にもはっきりと捉えることが出来た。

 それはどこからどう見ても『村人』と称することが出来る風体の人々だった。

 大半が壮年の男達。だが、中には女も、幼い子供もいた。

 その殆ど全てが、顔を恐怖に強張らせ、血の気を引かせた顔で、手に手に農具や刀を持って、続々と宿舎のある障壁の中から出て来たのだ。

 その数二百は下らないだろう。


「何故このような場所に人間が?」


 戸惑いが桃狩の足を止めていた。


「つーか、何だってあんなもの持って来る? もしかしてあいつら、俺達とやり合おうって言うんじゃねぇよな?」

「まさかだろ?」と、弾かれたように否定する猿我に、

「いや、もしかしたらそうかもしれん」と、肯定したのは戌斬だった。

「左右が言っていた。貢物を差し出せと言って、差し出した村や町は救われ、差し出さなかった村や町は滅ぼされたと。それがもし、妖たちが兵として人間を貢がせていたとすれば……」

「つか、何のためにだよ」と、鵺が鼻先で笑い飛ばす。


「俺達相手にただの人間がどれほどの役に立つ? しかもたったあれだけの数で」

「馬鹿者。貴様は左右の話をちゃんと聞いていなかったのか」

「は?」

「脅威は何も妖や鬼だけではないと」

「だからって、そんなこと妖の俺らには……って、そうか。そう言うことか」

「そうだ。この攻撃は貴様以外には十分な脅威となる」

「あ~……まぁ、甘いもんな、お前ら。俺だったら刃向かう奴に容赦なんてしねぇけど」

「だとしても、無理矢理連れて来られただけの人間を殺すことだけは避けたいのだ」

 

 と、切実な思いを桃狩が口に出せば、困ったもんだとばかりに鵺が口を尖らせた。

 そう言っている間にも、人間達は桃狩達の前にやって来る。

 離れていても、その体が震えているのが分かった。悲壮感漂う顔。絶望の顔。恐怖の顔。理不尽なことに対する怒りの顔。幼い子供までがそんな顔をして、刃物を向けて来るのだ。


 桃狩は居た堪れなかった。心臓を鷲掴みにされたように胸が締め付けられた。

 だからこそ、桃狩は一歩前に出て、二間と離れていない人々に向かって言葉を掛けた。


「恐ろしい思いをさせてしまって申し訳ない。

 だが、安心してくれ。これも今、もう少しで終わる。そのために私達はここに来た。私達はここに救いに来たのだ。だから――」

「うそつき」


 誰かが呟き、誰かが石を投げて来た。

 暗い眼が、桃狩に注がれていた。不気味な静けさの中、誰かが言った。


「妖を引き連れている奴の言葉なんか、信じるもんか」

「なっ」


 思わず桃狩は呻いていた。


「でも、こいつらは本当にあんた達のことを助けてくれるんだよ?」


 と、猿我が訴えたなら、


「黙れ、妖! 人の形した妖は、皆人間を食った連中だって、俺たちの村に来た妖が言っていた! だとすれば、お前達の言うことなんか信じられるか!」


『!』これに動揺したのは戌斬と猿我。鵺はふてぶてしい笑みを浮かべるだけに留まった。


「あ、あたしは別に、人間を食ったことなんてない!」


 震える声で猿我が否定を口にするも、


「そんな腕して言われたところで信じられるか!」


 言葉の刃は容赦なく猿我の心を貫いた。

 忌々しげに悔しげに、自分の右腕を抑えている左手に力が籠もる。


(この腕が。こんな腕でなければ――普通の腕だったら、あたしの言葉は聞き入れられるのか!)


 悔しさに涙が滲む。腕に爪が食い込むほどに握り締めたなら、その肩にポンと手を乗せられた。弾かれたように見れば鵺の手だった。あれほど触れられるのが嫌だったはずなのに、随分とその手が暖かく思えた先で、


「猿我殿と、そなたらの攫って来た連中を一緒にしないでもらいたい!」

「!」


 桃狩が怒りを含んだ声で弁解してくれていた。


「猿我殿も、戌斬も、鵺殿も、村が襲われていると聞き、一人でも救おうと妖を退治してここまで来た。勿論、だからと言って、妖ならば誰もがそうだと言うわけではない。だが、ここにいる三人は違う! そなた達に危害は加えない! 約束する!」


 だが――


「嘘だ!」「信じられるか!」「奴らは言ったんだ! 仕事を果たさねば村を襲い直すと」「お前達を殺さなければ、村に置いてきた家族を襲うと」「騙そうったって、そうはいかねぇ!」


 口々に喚く村人達の放つ気配が、次第に常軌を逸してきた。反論することで、自分達の置かれた状況を再確認してしまったのだろう。


 自分達がやらなければ、自分達の守りたい者が守られないことを知っているから。

 たとえここで命を失ったとしても、家族だけは守ってやると約束してくれたことを信じて。


「おいおい。なんだか連中はやる気満々だぞ?」

「どうして人間って奴は、馬鹿な選択しかしないんだ!」

「致し方……ないのか?」


 と、苛立たしげに吐き捨てる猿我の隣で、苦渋の選択を差し迫られる桃狩を見て、『ふむ』と一つ頷いた鵺が、おもむろに桃狩の背後に立ち、その肩に手を置いた。


「なぁ、坊主。一つ確認していいか?」

「何だ?」

「お前さんは人間達を相手にしたくないんだよな? でも、向こうに行きたい。そうだよな?」

「何か良い策でもあるのか?」

「ああ、ある。大有りだ。お前が人間達と戦って、繊細な心に傷を負わずに向こうへ行く方法がな」

「それは真か?! 是非、その方法を教えてくれ!」

 と、桃狩が食いついた瞬間、鵺はニヤリと口の端を吊り上げて――


「うわっ、鵺殿、何を」

「動くな坊主。体勢が崩れる」


 やおら桃狩を頭の上まで軽々と持ち上げると、


「――まさか、貴様」


 ハッと気が付いた戌斬が、信じられないとばかりに呆然と呟いた瞬間。


「その、まさかさ!」

「うわぁああああっ」

「桃狩様!」


 力一杯投げ飛ばされると、慌てて戌斬がその後を追った。

 

 その光景を、目を剥いて追う村人達。

 対して鵺は、パンパンと手を叩いて告げた。


「さっさとそっちを片して来い。俺らはこっちを相手にしておいてやるから」

『無茶苦茶なことするな、貴様は・お前は!』


 と、向こうとこっち。戌斬と猿我の突っ込みが同時に上がる中、


「す、すまぬ鵺殿。だが、けして殺すことだけはしないでくれ。必ず、生かしておいてくれ」

「はいよー(出来ることならな)。分かったからさっさと行け」


 と、内心を隠して促せば、桃狩と戌斬は宿舎へと駆け出して。

 村人達はどっちを追えばいいのか右往左往したならば、


「お前さん達の相手は俺達だ。まぁ、仲良くやろうや」


 獲物を見つけた肉食獣の如く迫力のある笑みの前に、村人達の顔は引き攣った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る