(2)
「き、貴様は一体何を言ってるんだ」と拒絶感丸出しで。
「何であんたが付いて来るんだよ!」と嫌悪感丸出しで。
「何か訳でもあるのか?」と、一番冷静に桃狩が問い掛ければ、
「本当にお前さん方、見ていて飽きないな。目を付けていただけはある」
柳の木に背中を預け、腕を組みながら満足げな笑みを浮かべている男。
「まず、俺の名前は『鵺(ぬえ)』――」
「……鵺……と言うと、あの頭は猿で――」
「ああ、違う違う。まぁ、名前を聞けば大体それが浮かぶだろうが、そっちじゃない。
俺はそもそも雉の妖だし」
「雉? 通りで……外見が派手なわけだ」
合点が言ったとばかりに、戌斬が不機嫌そうに口に出す。
それに苦笑いを向けながら、鵺は続ける。
「鵺……って、付けたのは俺の師匠なんだよ」
「師匠? 妖の世界にも師弟関係というものがあるのか?」
と、桃狩が初めて知ったとばかりに戌斬と猿我に問い掛ければ、
「違う違う。師匠ってのは人間だよ、人間。人間の生臭坊主様」
と、ますます苦笑いを深めて鵺が補足した。
「……妖の師匠が、お坊さん?」
「そうそう。これが変わった坊さんでな」
と、突如親しい友人のように鵺は付け加えた。
「戒律を破ったとかで、自分自身が破門された破戒僧なんだが、こいつがまぁ、強いの何のって。そいつにたまたま見付かった俺は殺されると本気で思ったんだがな、気が付けば堂々と酒飲み仲間になってたんだよ。信じられるか? 妖と坊主が向かい合わせで酒飲んでんだぜ?
俺はてっきり、こいつは俺が妖だと知らないんじゃないかって思った。だから、あるとき打ち明けてやったんだよ。俺は泣く子も黙る妖様だぞ――ってな。
そしたらそいつ、俺様は泣く子も黙る破戒僧様だ。てめぇの正体なんざ初めっから判ってんだよ、だぁほ――だとよ。
実際あいつ、俺が雉の妖だって的中させやがった。
あ、雉っつっても、初めが雉だっただけで、今じゃ何だろうな。袖触れ合うも多少の縁とかって言うんだろ? 何やかやで、その破戒僧と一緒にあちこち旅しながら妖倒して喰って来たら、まぁ、こんなんなった。大抵は初めの頃の性質を覚えているもんらしいが、俺はもう雉の性質なんてもの覚えちゃいねぇんだ。
でも結局、その何やかんやがくっついて今の俺を作るんだから、継ぎ接ぎだらけの妖の『鵺』と何もかわらねぇ。だからお前の名前は『鵺』だ。そう決めた。
とかって抜かしやがってよ。いくら嫌だって言っても聞く耳持ちやがらねぇ。
で、根負けした俺が、言いえて妙だと思ってな。それ以降『鵺』を名乗ってるって話だ」
と、名前の由来を語り終えると、
「鵺殿は、そのお師匠様のことが好きなのだな」
開口一番、桃狩は感想を述べた。
「ああ。好きだぜ。ああいう人間がもっと増えれば良いと思ってるぐらいに、俺は師匠のことが気に入った。結構人使い――あ、妖使いが荒いけどな」
と、てっきり否定するかと思いきや、心の底から自慢げな口調で笑って見せられると、つい釣られて桃狩も笑って見せた。
だが、
「――ちょっと待ちなよ。つまりあんたは、同族食いをして来たってことかい?」
嫌悪感も露に猿我が呟いた。
対して鵺は、ニヤリと野性味溢れる笑みを浮かべてこう言った。
「だから俺は、凄まじく強いぜ」
実際そうなのだろうと、桃狩は何となく感じていた。それだけの自信が全身から放出されていた。だからこそ疑問に思う。
「そんなにも強いと豪語する貴様が、何故ワタシ達について来る」
それまでとは違う、嫌悪でも憎悪でも緊張でもない、どこか突き放したような口調で戌斬が代わりに問い掛けた。
鵺が戌斬を見て、見透かすようにニヤリと嗤う。
桃狩などは、また戌斬が暴走するのではないかと冷や冷やしたが、戌斬は一歩たりとも動かず、また、口も開かなかった。
「だから、その師匠に命じられたんだよ。
お前さん方について行って、妖を数珠いっぱいに封印して来い――ってな」
「何故?」
「知らねぇよ。ただ、師匠は言ってた。あと幾日もしないうちに、禍々しい者が現われる。
そうなると、妖どもが暴れ回るから、人間達が沢山死んで行くって」
「何?」と、今度は桃狩が聞き返せば、
「だから本来は、師匠自身が妖退治に乗り出すつもりだったんだよ。五日前ぐらいまでは一緒だったんだがな、あの師匠。調子こいて遊び回ってたらぎっくり腰やらかしてな。身動き出来なくなったら俺に代わりをしろと言って来た。
嫌だと言ったら、世の女のために真っ先に俺から封印してやると脅して来やがってよ。
一度封印ってものを師匠にやられた俺としては、菓子折りつけて返品したいぐらいの申し出だったからな。仕方がなくこの数珠受け取ったわけ。で、数珠一杯に妖を封印するか、感謝の心を一杯にしたら、俺を自由にしてくれるという、涙が出るほど嬉しい申し出をしてくれてな。懇切丁寧に数珠の使い方まで教えてくれた。一応妖の俺が持っていても、俺自身に被害が及ばないようにもしてくれたらしいし、お陰でこうやって数珠をぶら下げられてるんだが――」
「その禍々しい者とは何だ? 人間が沢山死ぬとは、一体どこで? いつ?」
「場所はここから南に向かって四日……いや、一日経ったから三日か? 禍々しい者ってのは俺にも分からねぇが、多分、相当やばいもんだろうな」
何も知らない鵺の口調は完全な他人事だったが、桃狩の胸は早鐘を打っていた。頭がクラクラした。
「それで、どうして貴様がついて来ることになる」
一方で、戌斬が淡々と問い掛け、鵺が答える。
「だから、師匠が言ったんだよ。この場所で待っていれば、妖二人を連れた『破邪』の者が現われる。そいつらと共に行けば、お前は自分の失った物も――とと、これは個人的な話だった。とにかく、お前さん達と一緒にいれば、早く数珠に妖溜めて帰れるって思ったんだよ」
禍々しい者とは、もしかしたら『我鬼』のことかもしれないと、桃狩は思った。
もしもそうなら、草禅はどうしたのか? 『鬼ヶ島』にいた術者達はどうしたのか?
「こう見えても俺は結構神経使う方でな、町の入り口でずっと人間見下ろしながら、一体どんな連中がやって来るもんかって、想像してたわけだ。
妖二人連れて歩くぐらいだから、相当強いはずだし、ごつい強面の野郎だったらどうしようとか、すんげぇ、美人で、すんげぇ冷たい女だったら、それはそれで楽しそうかと思ったり、ムカつくほど顔が良い上に気障な奴だったら嫌だなとか、色々考えてたわけだが、そこに現れたのがお前達だったんだよ」
もしも草禅が、『鬼ヶ島』から離れたことを切っ掛けに、妖達が脱獄しようとしたとしても、草禅が異変を察知してすぐさま戻れば、被害を最小限に留められたかもしれない。
だが、鵺の師匠の話では、南に向かって三日後に、沢山の人間が殺されると言う。
では、だとしたら、草禅は――
「では、あのときの視線は貴様だったのか」
「あ、やっぱり気付いてた? そっちの坊主しか気が付いてないのかと思ったんだけど」
「そんな訳があるか。貴様にとりあえず殺意を感じなかったから見逃していたのだ」
「お陰であたしは恥かいたよ!」
「俺は大満足した♪」
と言って、また手で何かを掴む真似をする。
その顔が、ふと桃狩に向けられ――
「――て、坊主。お前さん大丈夫か?」
と、怪訝そうな鵺の声が掛けられたとき、不意に桃狩の意識も遠退いた。
「桃狩様!」「桃狩!」「おい!」
三者三様の呼ぶ声だけが、闇の中に木霊した。
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