(2)

 おそらく、蝋燭の炎が家に燃え広がったのだろう。所々赤々と照らされた灯りの中で、喰いかけの村人と、絶命している妖の姿が点々と落ちていた。


「――すげぇな……これ、全部別嬪さんがやったのか?」


 感心したように口笛を一つ吹いて、村の入り口に転がる妖の残骸を足蹴に鵺が言う。

 その中に、頭を握り締められて絶命している村人の姿があったが、まるで気にも留めていない。


「確か半妖だと思ったんだが……本気で怒らせると洒落にならないかもしれないな」


 と、のん気なことを言いつつ、妖の残骸に数珠を触れさせれば、数珠が俄かに発光し、次の瞬間妖の躰は光へと分解され、まるで極小の蛍の如く爆散すると、漏れなく数珠に吸収される。


「――それが、封印?」

「らしいぜ?」と、さほど興味なさそうに桃狩に同意して、


「んじゃ、まだまだいるようだから、俺も参戦して来るか」


 首を鳴らし、肩を回し、屈伸運動を軽くして、緑の着物を翻した鵺も参戦した。


「戌斬。そなたは生存者を捜してくれ。妖は私が叩く」

「御意」


 旅に出てからずっと嵌めていた革の手袋を外しながら桃狩が命じれば、即座に戌斬の気配も消えて、桃狩もすぐさま腰の刀を抜いて踏み込んだ。


 村はほぼ、壊滅していると言っても過言ではない有様だった。

 家々は倒壊、炎上。あちこちに横たわる村人達の残骸。それに群る小動物のような妖達。

 桃狩はその妖達目掛け、到底間合いに達していないと言う距離から、刀身を左手で触り発光させると、そのまま大きく振り払った。


 そこから生まれる青白い軌跡が、妖達目掛けて飛び出せば、悲鳴を上げることなくまとめて切断。胴体と真っ二つにされた妖達はそのまま霧散。

 後に残されたのは、無残な屍。桃狩はすぐに次の妖へと足を向ける。


 村の中を走っていると、燃え盛っていた家が耐え切れずにぐしゃりと倒れ、炎が散らばり火の粉が飛んで、飛び火を警戒して一歩横に避けたなら、炎を纏った四足獣が飛び出して来た。


 咄嗟に向き直り刀を振り抜けば、伸ばされて来た足を斬り飛ばし、そのまま回転して懐に入り、逆袈裟懸けに切り上げる。

 何やら背筋を這い上がるような断末魔の悲鳴を上げて霧散する妖。

 少しばかり接触したせいで残滓のような炎が袖口と髪につくが、少し焦がした程度で消え去った。

 

その視界の端に光る物が入り込む。見る。猫ぐらいの大きさの妖の頭部で、充血した四つの赤い眼を光らせた妖達が、新鮮な肉を見つけたとばかりに殺到して来るところだった。


 刀身に触れ、光を宿らせ、その場で一回転して振り抜いて、振り下ろし、振り上げて袈裟懸けすれば、縦横斜めに生み出された斬撃が掃討する。


 その足元に巻き付く触手目掛けて刀を突き刺し、頭上から飛来する何かを咄嗟に避ければ、地面に深い穴が穿たれた。

 それを見ていた桃狩の首に、背後から何かが巻き付く。

 咄嗟に首に巻きついたものを手に掴めば、桃狩の顔面目掛けて赤口を開けた蛇の頭が、今まさに桃狩の顔面に喰らい付こうとしているのが見えた。


 だが、桃狩が握った胴体が、白煙を上げて握り潰されたなら、痛みに我を忘れた蛇は動転。桃狩はギリギリ頭を傾げて一撃を躱すと、そのまま体を倒して刀を一閃。地面に倒れ込む前に切断すると、一度地面を転がって立ち上がる。


 そこへ両腕を切断された蛇のような外見の妖が現われる。

 刹那、『我鬼』と共にいた妖を彷彿したが、どうやら別物らしく、怒りの声を上げて迫り来る。即座に大蛇と化した妖が、丸呑みせんと一気に間合いを詰める!

 と思いきや、桃狩は咄嗟に背後に刀を突き刺した。


「破っ!」


 気合一閃。逆手に握った柄に力を籠めれば、刀身全体が輝きを放ち、そこへ背後から押し寄せて来た大蛇の尻尾がぶつかった。


 まるで豆腐でも斬るような労力で、さっくりと分断された尻尾の方が、大口を開けていた妖に向かって飛んで行く。そのまま見事に口へ収まれば、痛みにのた打ち回る妖に向かって飛び掛かり、渾身の力で刃を頭上へ突き刺して、


「滅!」


 命令の下に消滅させた。そして思う――


「……おかしい。何故これほど大量の妖が、一つの村に押し寄せた?」


 妖が群れをなして村を襲うことがないと言うわけではないが、それにしても数が多いように桃狩は思った。


「どこかに大将がいるのか? そうでなければこれほどまでの下級の妖が一つところに集まるとは考えられない。だとすれば、そいつはどこにいるのだ?」


 と、視線を上向かせたとき、桃狩は仰け反らされるほどの強い衝撃を背中に食らい、一瞬呼吸が止まった。


「――がっ」


 数歩蹈鞴を踏んで、慌てて振り返れば、そこには闇に紛れる黒い珠が浮かんでいた。


「おや、おかしいな? 普通は背中を貫通するんだがな……お前、一体何を着込んでいる?」


 その黒い珠の正面に、いきなり人間のような口が現われて問い掛けて来ると、桃狩は痛む背中を左手で押さえ、右手一本で刀を構えながら言った。


「そういうお前達は、何故群れをなしてこの村を襲っている? 大将は誰だ」


 すると黒い珠は躰を細かく上下させて答えた。


「何故この村を襲っているかだと? そんなこと、この辺りに眼を光らせていた術者がいなくなったからさ。

 そして、誰が大将かだと? そんなもの、このオレ様に決まっているだろうが!」


 と、勝ち誇った言葉に、桃狩は眉を顰めた。


「この辺りの術者がいなくなった? それはどういうことだ?」

「どうもこうもねぇ! お前は、ここで、このオレ様に殺されるんだからな」


 そして飛び出して来る黒い珠は、闇夜に乗じて桃狩の視界から消え去り、桃狩は反射行動だけで躱さざるを得なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る