(2)

 そんな桃狩の代わりに、反論した者がいた。戌斬だ。


「無礼なことを申すな! 桃狩様は切実に心を痛めているのだ。

 ご自身お一人で何もかもが出来ると言ってはいない。他の人間を低く見ているわけでもない。ただ、自分に対処するお力があるため、少しでも戦力になればと。一人でも救えるものなら救いたいと、そして、父の安否を確かめたいとしているだけだ!

 そのために気持ちが逸るのは当然の流れ。それを貴様は、何も知らずに抜け抜けと」

「何も知らないから抜け抜けと思ったことを言えるんだろうが。

 つーか。桃狩が倒れた責任はお前にもあるんだぞ、戌斬」

「何?」

「お前がそうやって過保護にするから、自分がしっかりしなければ! って、そいつが必要以上に自分を追い詰めるんだろうが。

心配を掛けちゃいけない。足を引っ張っちゃいけない。しっかりしなきゃならない――そんなことを思ってる奴に、これをしてはいけない。あれをしてはいけない。それをさせてはいけない。私めがどうにかしますので、どうかお気になさらずに……なんて言ったところで、逆にそれは自分が信用されていないのだと思わせることになるとは思わないのか? 追い詰めることになっているとは思わないのか?

 こいつが他人に、あれこれ世話を焼かせるのが大好きで、自分では何一つすることなく、命令することが当たり前だと思っているクズのような人間なら問題はねぇだろうよ。

 でもな、こいつは違うだろ? 責任感やら何やら、不必要に背負いまくって、不必要に自分を追い詰める性質だって分かってんだろ? 目的を達成するまでは、自分は笑ってはいけない。楽しいと思ってはいけない。楽しいことを体験してもいけない、温かな布団で寝ることも、美味い食事にありつくことも、娯楽に走ることもしてはいけない。

 何故なら、それが出来ない人間達がいるから。親父さんが出来ていないことだから。

 勿論。他人を悼んでやる、心配してやるってことは人間にとって美徳だろうが、そんなことして何になる? ただの自己満足だろうが。それで自分を追い詰めてどうする? 追い詰めさせてどうする? 気付いてやらずにどうする? たとえ喧嘩してでも、意見が合わなかったとしても、その考えは間違ってるって、納得させられずにどうする?

 そう思う気持ちも分かるから、自分はただ、桃狩様のお望みが叶うように手助けしていればいいのだ――なんてことやってたから、この短期間で坊主は自責の念に蝕まれて、突然倒れたんだろうが。

 そうじゃなきゃ、こいつが突然気絶したり、変な夢を見る必要はなかったんだ。違うか」

「だがそれは……」

「お前は黙ってろ、坊主。俺は今、戌斬に話してる」

「……っ」


 ぱちりと焚き火の炎が音を立てた。


「そもそも、お前の役割は何なんだ? 坊主の世話係か? 付き人か? それとも支えるのが目的なのか?」


 それまでの、どこか小馬鹿にしたような笑みすら消して、ただし、口調だけは軽いままに鵺は戌斬を追い詰める。


「言っておくが、支えるのと代わりにやってやるは違うからな。過保護も違うからな。

 本来お前は、坊主の心の負担を減らす役目を負っていたんだじゃないのか?

 何もかもを背負う傾向にありそうな坊主が、必要以上に自分を追い込まないように導くのがお前の役割じゃなかったのか?

 お前さん、坊主の親父さんから坊主のことを任されたんだろ?

 それは、こんなことが起きたときに、こいつが何もかもを背負い込んで、こいつ自身が潰されないように――ってことじゃなかったのか?

 だとすりゃお前は、見事に失敗しているぞ?」

「ちょっと、それは言い過ぎだろ、鵺。桃狩は桃狩なりに、戌斬は戌斬なりに頑張ってるんだよ」


 思わず、焚き火の前だと言うのに完全に血の気を引かせた戌斬を見た猿我が、軽く鵺を非難すると、


「おや? こいつのことを庇うのかい、別嬪さん? 妬けちまうね」


 焚き火の炎に照らされた鵺が、ゾッとする笑みを浮かべた。


「そもそも別嬪さんは、どうしてこいつらと一緒にいるんだ?

 話を聞けば、元々は山賊業をやってたんだろ?」

「い、今だってそうだよ。ただ、少し休んでるだけだ」

「鵺殿。今度は猿我殿まで非難するつもりか?」


 猿我が何を言われるものかと、強張った顔で桃狩が問い掛ければ、鵺は嘲笑を浮かべながら答えた。


「お前さん達程、きついことは言わねぇよ。どうせ泣かせるなら、別な状況で泣かせてぇし。

 それ以前に、お前さんだって言ってただろ。これから先、命の保障は出来ねぇって。

 それに関しては同感だから、今のうちに忠告を改めてしておこうと思っただけさ」

「忠告だって? そんな物――」

「いらねぇって言いてぇのは分かっているさ。でもな、本当に分かってるのか?」

「な、にを?」

「お前さんだけがこいつらと今起きていることに、何一つ関わりがないんだってことだ」

「!」

「坊主は何だかんだ言ったところで、親父さんが絡んでいるから行くだろ? 戌斬だって、そんな親父さんに坊主を頼まれたし、坊主のこと自体を心配しているから行くだろ?

 勿論俺は別口だから、俺自身の目的のために行く。

 だが、お前さんが無理して危険なことをする必要はどこにもない。

 だからこそ、もしも万が一、お前さんが妖との闘いの中で命を落とそうもんなら、こいつは一生、自分を許さず後悔し続けることになる――」

「――っ」


 そこでハッと猿我は気が付いたような顔をした。


「お前さんは、こいつの負担になる覚悟があるのか? それに、山に残して来た連中のことはどうする? そいつらが、坊主に付いて行ったばっかりに、お前さんが命を落としたと知ったらどうする? 坊主なら、殺されたって仕方がねぇと、命を差し出すかもしれねぇが、それをこいつが黙って見過ごすと思うか? おそらく問答無用で皆殺しだ。

 まぁ、桃狩が『殺すな』って命ずれば、多分殺しはしないだろうが、生かされたとしても、そいつらが抱くのは感謝じゃなくて負の感情だろうな。負の感情は妖が強くなる最良の感情だ。それが爆発すれば、人里にも被害が出るかもな。

 そうなれば、結局誰かに討たれるかもしれねぇ。

 まぁ、これは極論の話だから? 実際にそうなるとは言わねぇが、だが、そうなる可能性もある。自己満足で自己犠牲精神出すのはいいが、その後のことの責任を生きている連中に背負わせる覚悟があるなら止めはしねぇ。

 だから、今ここで聞いておく。どうせこいつらは『大丈夫なのか?』程度でしか聞かなかったと思うからな。だからこそ、これを聞いても、お前はこいつらと共に妖連中と争う覚悟があるのか?」


 と、一言一言区切るように突き付けられた最悪の事態に、咄嗟に猿我は答えられなかった。

 

そうやって黙り込んだ三人を見て、鵺は『ふん』と鼻を鳴らした。その口元には笑み。


(やっぱり、面白ぇ連中だな……)と、鵺は思っていた。


 普通、ここまで自分達のことを、やって来た事を、やろうとしていることを否定されたなら、怒るなり、怒鳴るなり、背中を向けるなり、追い出そうとするなり、何かしらの反応を見せるものだが、三人は押し黙って炎や、炎が揺れる地面に眼をやって真剣に言われたことを考えているようだった。


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