第七章『嫌がらせのための説教』
(1)
「そもそも俺は思うわけだ。お前さんは真面目過ぎるし背負い過ぎる傾向にあるってな」
鵺が唐突に話し出したのは、四人が鵺と出会い、桃狩の腹も膨れていつでも移動出来る!となり、さっそく南へ向かって出発しよう! と宿を出て、街道を進み、途中の町や村に一切立ち寄らず、日が落ちる直前の小さな村にも足を止めずに進んだ結果、野宿の末に設けられた焚き火を囲んでいるときだった。
これ以上進むと夜になる。夜になってから見知らぬ連中を泊めるところはこの先ないが、どうするつもりだと鵺に問われ、桃狩が当たり前のように『野宿する』と言った瞬間、力一杯不満の声を上げたのは鵺。
だが、戌斬も猿我も、桃狩に対して異議を唱えることはなかった。
鵺がもたらした情報が、桃狩の足を先へと進めようとしていることが一目瞭然だったから。少しでも距離を稼ぎたいという気持ちが理解出来た。
だからこそ、野宿をしても桃狩が体調を壊さなくて済むように準備を整えた。
『不満なら、お前だけ少し戻って宿を取ればいいだろう。ワタシ達は先へ進む』
『えー! それじゃあ俺は別嬪さんの寝顔が拝めねぇってことじゃん』
『なんであんたに寝顔を拝まれなくちゃならないんだい!』
『いや、て言うか、寝顔だけじゃねぇな。
だって別嬪さん。その着流し姿で寝るんだろ? きっと起きたら寝乱れ具合が……痛っ』
『桃狩様の傍でそのようなだらしない顔や、下らない発言は慎め、この変態が!』
『だからって、背中を本気で蹴りつけるか? すんげぇ痛いんだけど。て言うか、俺は別に変態なんかじゃねぇよ。ただ本能に忠実なだけだ』
『余計質が悪いじゃないか。頼むからあたしを見ないでおくれ』
『そりゃ無理だ。俺、別嬪さんのこと気に入っちまったし』
『桃狩ぁー、こいつ何とかしてくれよ』
『ざぁんねん。こいつには今、俺と言う戦力が必要不可欠なんだなぁ~』
『くっ』
『大丈夫、別嬪さんのことは俺が全力で守ってやるから、安心して躰を預けてくれていいんだぜ?』
『絶対に嫌だ! たとえ天地が引っ繰り返っても力一杯お断りだ。あんたに守られるぐらいなら、戌斬に守られてる方がまだマシだ!』
『――おい。それはどういう意味だ、猿我』
『くそぉ。別嬪さんに何の興味もねぇって顔しておきながら、結局そういうことか。まったく油断ならねぇ犬だな』
『貴様はさっさと宿屋に戻れ! 話がめんどくさくなる!』
『ヤダね。俺がどうするかは俺が決める。俺に命令出来る奴はどこにもいねぇ』
『――人間の生臭坊主に使われているくせによく言うよ』
『あいつは別だ。俺より強いから』
『だったら今ここで勝負するか? ワタシが勝ったらワタシの言うことを聞いてもらうぞ』
『じゃあ、俺が勝ったら俺の言うこと何でも聞いてもらうぞ? 恥ずかしさのあまりに憤死しなけりゃいいがな』
『その言葉、そのままそっくり返してやる』
『――とりあえず、私は先に進むから、気が済んだら追いかけて来てくれ。
鵺殿も、私は鵺殿より強くはない故、気が向いたら付いて来てくれればそれで良い』
『んじゃ、二人っきりで行こう、桃狩♪ 寒いといけないから、あたしがぴったりくっついてあっためてやるよ♪』
『『それは許さん!』』
などと言う、一連のやり取りを経て、結局野宿することになった一行が、火を起こし、買い込んでいた物で食事を済ませ、腹ごなしとばかりに話をしているときだった。
「お前さんと戌斬の話を聞いてると、お前さん、相当勘違いしてるぜ」
「勘違い?」
街道から外れた雑木林の中で、秋らしい虫の唄に周囲を包まれ、桃狩用に買われた薄手の布団を体に巻きつけた桃狩が聞き返せば、
「そうさ。その証拠に、お前さんが今日見た夢……あれがいい例だ」
「何を言うつもりだ、貴様」
「だから、すぐにそうやって警戒するなよ。お前さんだって聞いたことねぇか? 夢は心を映す鏡だって」
「……」
「だからな、お前の親父さんが、『我鬼』に喰われて死んだのはお前のせいだ。これだけの人間が死んだのはお前のせいだって言ったんだろ?」
「ああ」
「だから、それを気にしてお前さんは宿に泊まることなく野宿を選んだんだよな? 少しでも早く、一人でも多く人間を救うために」
「ああ」
「でも、それが勘違いの始まりなんだよ」
「どういうことだよ」
と、促したのは焚き火を挟んで簡単には鵺の手が届かない場所を取った猿我。
「だからよ。詳しい話はわからねぇが、『我鬼』って鬼が暴れ回って、それを初め
て捕まえたのが、坊主の親父さんだろ? で、その『我鬼』を連れて行った『鬼ヶ島』が乗っ取られた。だとしたら、原因は何であれ、それは『鬼ヶ島』にいた連中の責任だ。
で、その後連絡が取れなくなった親父さんの安否と、息子として『鬼ヶ島』をどうにかしなければならないって思いに駆られて、旅立ったわけだよな?
だから、息子として親父さんのことを心配するのは分からなくもない。でもよ、息子として『鬼ヶ島』をどうにかしないと……って点が引っ掛かる。
だってお前、今まで一度でも『鬼ヶ島』へ行ったことがあるのか?」
「!」
言われて桃狩は、今更のようにハッとした。
「行ったことがねぇんだろ? その顔見ると」
「は、い」
「で、訊くが。お前さんは親父さんに一度でも『鬼ヶ島』の管理を頼まれたことがあるのかい? 自分に何かあったら、お前が『鬼ヶ島』を管理するんだぞ。それによって引き起こされた災悪に対処しろ――って、言われたのか」
「……ない……な」
「だろ? なのに、なんでお前さんは、そんなに気負ってるんだ?
本来そう言うことをするのは術者の仕事だろ? そのために術者の組織作って、そのために妖連中『式神』扱いして、他の連中狩ってんだから。それで対処し切れなかったとしても、それは術者連中の実力がなかったってことで、お前さんが責任を感じることじゃない。
ある意味お前さんは、組織立った術者達が『鬼ヶ島』の異変を感じるのが遅れて、そのせいで対処が遅れて大勢の人間が殺されるかもしれないから、自分が何とかしよう――
そう言っているように俺には聞こえるぜ?
つまりお前さんは、他の術者の事を信用していないってことだ。
もっと言えば、他の連中が出来ないことでも、自分ならば一人で出来る。少なくとも、自分が加わればそれだけで戦況が一変し、何もかもを終わらせられることが出来る――そう思っているのと同じだ。
お前さん。本当にそれだけの実力を自分が持っていると本気で思ってんのか?
だとすりゃあ、お前さん。自惚れも良いところだぞ?」
グサリと来た。
改めて客観的に指摘されると、息の詰まる思いがした。
そんなことはない――と、はっきりと言い切れたら良かったのかもしれない。
だが、鵺に言われて、自分でも自覚していなかったところで、そう思っている自分がいるのかもしれないと思い知らされてしまったなら、反論の一つも出来なかった。
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