(2)


「話と言うのはな、桃狩」


 と、少し躊躇いを含んだ口調で切り出したのは、歩き出して本当にすぐのことだった。


「はい」と先を促すように応じれば、草禅は振り返ることなく切り出した。


「そなた、鬼退治をする気はないか?」

「は?」


 思いも寄らぬ発言に、桃狩は露骨に眉をひそめて草禅を見た。


(一体、我が父ながら、何を考えているのだ?)


 呆れて二の句が次げなかった。

 鬼退治とは、呼んで字の如く、『鬼』を退治すると言う意味だ。


 本来『鬼』を退治することが出来るのは、何かしらの術を扱える者だけ。

 ようは、『法力』や『神力』。場合によっては『妖力』など、神や仏の力を借りて邪なる存在そのものを抹消する方法か、同じ『妖力』を持って、力づくで捻じ伏せるか。

 

 だが、陰陽師である草禅はともかく、桃狩には『法力』も『神力』も『妖力』も備わってはいない。何一つ術など使えないのだ。


「だが、そなたには類稀ない力があるではないか」


 まるで、心の内を見透かしたかのように、少しだけ振り返った草禅が笑ってみせる。


「ですがそれは……」


 あまり気が進まない指摘に、返す言葉もなく口篭もれば、


「私に遠慮する必要はどこにもないと、常々言っておるだろう?」

「ですが!」

「――『我鬼』が、都(こちら)に向かっているそうだ」

「え?」寝耳に水の報せだった。

「では、迎えと言うのは……」

「そうだ。『我鬼』の捕縛命令が出たのだ」

「では――」

「今日、この日。屋敷に帰るとすぐに、私は出立する。故に、私は訊いておるのだ。桃狩よ。そなた、鬼退治をする気はないか?」


 ある意味それは、衝撃的な知らせであり、恐ろしい問い掛けだった。

 鬼退治。それがどれだけ危険なものか、桃狩には想像も付かない。

 だが、妖退治とは違い、術者の一人や二人がいれば何とかなる――というものではないことぐらいは、話に聞いて桃狩も知っていた。


 ましてや、相手があの『我鬼』だとすれば、その難易度は更に跳ね上がる。これまでも、『我鬼』の討伐命令が下されたり、流れの術者達が雇われて立ち向かったことはあるが、『我鬼』と対峙した者は、これまでことごとく返り討ちに遭っていた。


 つまり、それだけ『我鬼』が強いかまた逆か。

 どちらにしろ、一筋縄では行かないことを指し示し、最悪、草禅の命にも関わることだった。


 いつもなら、何一つ心配することはない。

 行って来る――と言われれば、お気を付けてと見送って。

 帰って来たなら、どうでしたか? と話を聞く。

 だが、今回それが、ないかもしれないのだ。


「勿論。いきなり『我鬼』と対決しろとは言わぬ。鬼退治をする気は? と訊いたがな、実際にはその取り巻きどもを倒してもらいたいのだ」

「……取り巻きども……ですか?」


 じわじわと、胸の内に真っ黒な墨のようなものが広がって行く。


「そうだ。『我鬼』は、数多の妖どもを引き連れている。

 一説には、『我鬼』の非常食として連れて回っているという話も聞くが、村を襲

い、人を殺すのは、むしろこの妖達。『我鬼』は妖達に命令し、自分はその様を見ているだけだと言う報告も入っている。故に、『我鬼』そのものに専念するためには、取り巻きの妖どもが邪魔なのだ。その妖どもを討ってくれる存在がいれば、それだけ私達は『我鬼』に集中出来る」


 胸の内を真っ黒に塗り潰した墨が、やがて視界をも覆い始める。

 まるで虫食いの如く、前を行く草禅の姿が墨に塗り潰されて行ったなら、この日初めて桃狩は、ゾクリと悪寒に襲われた。闇に呑まれる草禅を想起させられたなら、衝動的に口走る。


「私の力がお役に立てるなら、是非、一緒に行かせて下さい!」


 その口調があまりに強かったからだろう。

 草禅が、少し驚いた顔を向けて来た。


「……そう……か」


 次いで、どこか安心したような微笑を浮かべ、


「そうか。ありがとう。息子と一緒とは心強い」


 満足そうに呟いて顔を戻した。

 だが、視界を侵した闇が消えても、桃狩自身の胸の内に宿った不安は消えることはなく。

 その思いを払拭するためにも、桃狩は覚悟を決めた。


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