(3)
熱風吹きすさぶ村を駆け抜けながら、桃狩は初めから手袋を外していた。直接触れるだけで瘴気を浄化することの出来る桃狩の両手。人間には無害だが、妖や『鬼』などには甚大な被害をもたらすことの出来る力。
それは術者達のために懸命に働いてくれる式神にとっても軽んじられない力。その力を自覚していなかったとき、桃狩に良くしてくれた式神を滅ぼしてしまった。
それは草禅に最も長く使えてくれていた式神の中の一人であり、長い年月を掛けて草禅が再び生み出したのだが、それ以降桃狩は、必要に迫られない限り手袋を嵌め、不用意に力を使わなくなった。道中も、戌斬や猿我、鵺に致命傷など与えぬよう、手袋は外さなかった。
だが、今は違った。容赦なく力を揮うと心に決め、桃狩は迫り来る妖達を次々と破邪の力を纏った刀で斬り伏せて行った。その合間に桃狩は仲間の位置を把握し、万が一被害が及ばぬように破邪の刃を飛ばす方向を確認する。
連携などどこにもない、四者四様の奮闘が、村を蹂躙していた妖の数を確実に減らして行く。
戌斬は両手に短刀を携え、すり抜け様に妖達を細切れにし、猿我は腰に装備し続けていた鞭を揮い、妖の接近を一切許さず、鵺は数珠を巻いた己の拳で殴りつけ、蹴り飛ばした。
地面に散らばる絶命した妖達は、光と闇の粒子となって分解される。
光は桃狩と鵺によって倒された者。闇は戌斬と猿我によって倒された者。
光は陽光に溶け入るように消えるか、鵺の数珠に吸収され、闇は漂い、まだ生ある妖に引き寄せられた。
「させるか!」
桃狩が叫んで刀を地面に突き立てる。柄を掴んでいる両手から刀身を伝い、波紋の如く青白い破邪の光が広がって、波紋に触れた闇の粒子が、刹那に消滅。
「戌斬! 猿我! 鵺! 上に!」
桃狩の命令に考える間もなく従う三人。そうするだけの迫力が声に宿り、倒壊していない屋根の上に降り立たせる。
その見下ろす先で逃げ惑う妖達。我先にと逃げ惑う傍から、光に捕まった妖達が分解消滅されて行く。
「鵺殿! 妖はまだ残っているか!」
問われて鵺は、猿我を呼んだ。
一体なんだと、屋根を伝って駆け付ければ、『俺は飛べねぇから、代わりに飛んでくれ』。両手を下で組んで苦笑を浮かべる。
猿我は『鳥のくせに』と無言で訴えて、それでも素直に、組んだ鵺の手の上に足を乗せた。そこから一気に放り上げられる。
一体どれだけの膂力があるものか、風の唸りを聞きながら急上昇。その到達点から眼下に広がる村を見る。村の半分ほどを円状に覆っている蒼白い浄化の光。
正直猿我は、寒気がしていた。寒い寒い、身も凍るような冬の山。一面の冬景色を照らし出す月明かりのような寒く冷たい蒼白い光。もしも触れたらどうなるのだろうかと考えて、一瞬にして消滅して行く妖達を見て、猿我は背筋を凍らせながら見渡した。
落下に合わせて、着流した着物が胸元まで捲れ上がる。
昇るのも一瞬だが、下りるのも一瞬。途中、鵺がニヤリと嗤っているのが見えて、顔が引き攣るも、無事に着地――と思った瞬間、衝撃で屋根が抜け、危うく落ちそうになるのを、鵺に腕一本で引っ張り上げられる。
「ちっ」と舌打ち一つして、屋根の上で猿我は報告する。
「光の中で動いている妖の姿はないよ! でも、光の外のあっちの方に逃げ遅れたらしい子供を守ってる白装束の人間がいた!」
「分かった! これからそちらへ向かう。私も気を付けるが、くれぐれも今の光には触れないでくれ! 力の弱い妖は触れただけで一瞬で浄化される。そなた達がそうなることはないと思うが、無傷では済まない可能性がある!」
地面から刀を抜いて桃狩が忠告の声を飛ばせば、妖三人は素直に頷いた。
そして、『あんな力持っている奴担いでたのか、俺――』と顔を引き攣らせる鵺に対し、
『これに懲りたら、桃狩様をからかうことを止めるのだな』と、戌斬が追い抜いて忠告し、
『臆病風に吹かれたんなら別行動でも構わないよ』と、少しばかり血の気を引かせた猿我までもが追い抜いて行き、
「ありえねぇだろ、そんなこと」
獲物を見つけた野獣の如き笑みを浮かべ、鵺は一気に跳躍した。
その反動で家が崩れたが、気にする人間は一人としていなかった。
◆◇◆◇◆
これはマズイ――と、白装束に身を包んだ青年は内心で舌打ちをしていた。
背後には恐怖のあまり泣き声すら上げられなくなった幼子。前方には獲物を追い詰めた妖達。
本来であれば何一つ問題なく処理出来る数ではあるが、ここに追い詰められるまでに呪力をかなり消費していた。
呪力を使ってしまえば身動きが出来なくなってしまう。そうなれば救いを求めて着物から手を放そうとしない幼子は目の前の妖達の餌食となってしまうだろう。同時に、己が託された使命を全う出来ずに息絶えると言うこと。
そんなことになれば、青年は離れた地にいる主を永遠に失うことになると言うこと。
中にはそのことを望む者もいるだろうが、少なくとも青年は望まなかった。
ではどうするか?
戦えば戦うほど、術を使わずとも呪力は失われる。ならば、逃げるか――と一瞬脳裡を過るものの、背中の子供を守りながら逃げ切れるとは限らない。これはもう覚悟を決めるしかない――と、青年が錫杖を構えたときだった。
『?』
突如、真正面に立っていた妖の首元から青白い光が飛び出して。
次の瞬間にはころりと頭が落ちたなら、その場にいた妖全ての笑みが凍り付いた。
当然のことながら、青年自身も自分で何を見たのか理解出来ずに思考を停止させると、
「よくぞ耐えてくださった。助太刀いたす!」
首を落とされた妖の体が光と化して砕け散った奥から、力強い声と共に一人の少年が飛び込んで来た。
その顔を見上げたとき、青年は夢を見ているのかと思った。
それは青年の見知った顔だった。
「……桃狩……様?」
「?」
名を呼ばれ、怪訝そうな表情を浮かべる桃狩。その顔が驚きに変わるとき、
「何だ貴様!」
「よくもやりやがったな!」
突然の桃狩の登場に一瞬動きを止めていた左右の妖が、血に濡れた斧と棍棒を振り上げて、問答無用に振り下ろして来て、
『させるか!』
怒気に満ちた男女の声も高らかに、一人は細切れに、一人は鞭で首を刎ねられて。
桃狩を守るかのように桃狩と妖の間に立ち塞がったのは、白装束に身を包んだ見知った青年と、露出が気になる紅蓮の髪の女。そして――
「もう少し骨のある奴ぁいねぇのか!」
とことんガラの悪い煽り文句を吐き捨てながら豪快に妖を吹っ飛ばしている派手な緑色の髪の男だった。
何故こんなところに居るのかと、問い掛けようとして青年は言葉を飲み込んだ。
青年の主が言っていた。この村で待っていれば、必ず息子は現れると。
だからこそ、青年は整った顔をくしゃりと歪めて頭を下げた。
「よくぞ。よくぞこの村に来て下さいました!
よくぞ。よくぞこの村をお見捨てにならずに来て下さいました! もしも来ていただけていなかったら、ワタシはワタシの使命を果たせずにいるところでした」
「そなた……もしや、左右(そう)なのか?」
信じられないとばかりに青年を見下ろしていた桃狩が呟けば、青年は『はい』と力強く頷いた。
「何故こんなところにそなたが居るのだ?」
桃狩は若干強張った声で問い掛けていた。
何故なら、かつて桃狩が自分の力で消してしまった式神と言うのが、誰あろう今目の前にいる左右だったからだ。
追い目と引け目を抱いていた桃狩は、我知らず逃げ腰になってしまったが、
「桃狩、そいつ知り合いかい? でも、話は後だよ。こいつら全部片づけてからゆっくりした方が良いんじゃないかい?」
「そうです、桃狩様。今は目の前の妖どもを殲滅せねば、逃げ遅れた村人達が再び襲われかねません。左右も積もる話はあるだろうが、もう暫く待ってくれ」
「ああ、戌斬。解かっている。済まないが後を頼む」
「任せろ。さ。桃狩様。行きますよ!」
と促され、桃狩は半ば逃げるように背を向けて、残りの妖を殲滅するために走り出していた。
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