(2)

「さぁて、やって来ましたよ、本日この辺りでは一番大きな町でござい。

 仕事どころとしては腕が鳴るねぇ~」


 と、何故か嬉々として指を組み合わせて楽しそうな声を上げる猿我。

 時は未の刻。

 道中、いくつか分かれ道があり、ここへ来るまでに少し足を伸ばせばいくらでも小さな町に行くことが出来たが、出来る限り早く集合場所へ行きたいという桃狩の言葉に従って、絶対的に回避できない、この大きな宿場町へとやって来た。


 ここから、どの方角の出入り口を通過するかで、行き着く先が限定されて行く。

 当然、道中の途中では、本来行けるはずのない方向へ伸びる道も出来てはいるが、目的が定まっている人間が、わざわざそんな手間の掛かるようなことはしない。


 ここに集まり、別な場所へ積荷を運んで行く。そんな商人や運び屋や荷物が集う場所。

 それがこの町だった。

 通りは広く、荷物が満載の荷車がそこかしこで引かれて止まり、大店が立ち並び、買い付けの行商人の姿もチラホラ見えて。

 あちらこちらで、宿の呼び込みが声を張り上げ、道行く人々を捕まえている姿も見えた。


「何か、よからぬことを考えているのではあるまいな」


 にんまりとしながら、行き交う人々を次々見やる猿我を見て、すかさず戌斬が釘を刺せば、


「考えてない。考えてない。考えてるわけないじゃないか。あたしはそんなに手癖悪かないよ」


 と言いながらも物色を止めない猿我。


「……どうでもいいが、何か騒ぎを起こして桃狩様に迷惑が掛かると判断すれば、問答無用で追い返すからな」

「しないってば。ほんと疑い深いな、戌斬は」

「……誰のせいだ、誰の」


 うるっさいなとばかりに反論した猿我の声に、戌斬が頬を引き攣らせて言い捨てる。

 道中忠告したせいか、馬から下りた桃狩に密着することがなくなった代わりに、猿我と戌斬はよく衝突した。

 それを見ていて桃狩は、戌斬には悪いが面白いなと思っていた。

 何だかんだぶつかりながらも、離れて行こうとしない猿我も面白いし、普段見られない戌斬の一面を見ているのも楽しかった。


 決して楽しんでいられるような状況ではないはずなのに、楽しいと思ってしまう自分は不謹慎なのかと、馬を引く戌斬と、その隣でいちゃもんをつけている猿我を見て思う。


 自分がこうしている間にも、草禅がどうなっているのか分からない。

 いや、草禅だけではない。『鬼ヶ島』自体どうなっているのか。そこに収監されている妖達がどうしたのか。気に掛けなければならないことは山のようにある。

 もしかしなくとも、人の目など気にせずに桃狩は馬を走らせ、戌斬には全力で付いて来てもらった方がいいのかもしれないとも思う。

 もしも自分達がのんびりしていたせいで、『式神』とすべく収容されていた強力な妖達が、すぐそこまで来ていたとしたら。

 その妖達によって、何も知らない一般の人々が目の前で犠牲になったなら――

 考えるだけでゾッとした。


 芙蓉と戌斬は言う。

 人とは異なるとしても、桃狩にはきちんとした休息が必要だと。

 実際桃狩は、生まれはともかく、持って生まれた『破邪』の力を持ってしても、普通に風邪を引いたり、腹を下したり、人の子供が罹るような病にも一通り罹ってはいた。

 それでいて、自分は大丈夫だと言い張ったところで、説得力の欠片もない。

 急いては事を仕損じる――とはよく言ったもので、焦る気持ちとは裏腹に、いざと言うときに使い物にならないと言う可能性は充分にある。

 その程度の自覚ぐらいはあるし、自重することも出来た。

 ただ――


 周囲を行き交う人々と、その笑顔を見ていると、明日にも自分達が妖に襲われて殺されてしまうかもしれないという可能性を、まったく思い浮かべていない人々を見ていると、焦る気持ちは、やはりあった。

 戌斬は言っていた。今夜はこの町で一泊すると。

 猿我はその話に乗り気だった。きちんと休むのも仕事の内と、桃狩の内心を看破したかのように忠告されては、反論一つ出来なかった。

 だが、やはり心は揺れた。


「?」

「? どうなされました、桃狩様」


 唐突に足を止めたなら、口論していたとしても気を向けてくれていたのだろう。 すかさず戌斬が足を止めて問い掛けて来た。

「ん? どうかしたのかい、桃狩?」

「あ、いや。今――」と、言いかけて、「いや、なんでもない」と頭を振った。


 今不意に、誰かに見られているような気がしたのだ。だが、振り向いた先に、自分と目の合う者がいなかったため、桃狩は気のせいだったのかと思い直した。仮に、本当に視線を向けられていたとしたら、おそらく戌斬にだって判るはず。

 だが、その戌斬が何も気が付いていないように見える以上、余計なことは言うまいと、桃狩は思った。


「ただ、今そこの着物屋らしい店に、猿我殿に似合いそうな色の着物があったと思っただけだ」


 思わず視界に入って来た着物屋を引き合いに出して誤魔化してみると、


「あー、そっか。確か桃狩は露出を抑えて欲しいって言ってたねぇ」


 あまり気乗りしない口調で猿我が呟いた。


「そうだちょうどいい。桃狩様が見つけた店で、何か淑やかに見えそうな着物を一着見繕って来い。貴様のその格好のせいで、さっきから注目を浴びて迷惑していたところだ」

「はあ? そこはむしろ、『良い女連れて歩いてる俺達が羨ましいだろ』って、自慢するところじゃないのかい?」

「ふん。羨ましがられて見られているのか、そんな姿の女を連れ歩いて恥ずかしくないのか……と思われているのか、区別が付かないのは悲しいな」

「何だって!」

「何だ」

「やめんか、二人とも。今は二人ともが注目の的だ。

 それに、今のは戌斬の方が悪い。女人に対して向ける言葉ではないぞ」

「申し訳ございません、桃狩様。ですが――」

「確かに、目のやり場には困るが、猿我殿は魅力的だと私は思う」

「ほら見ろ」

「ただし、世間一般からして見れば、やはり戌斬のように思う者も確かにいる。せめて、人の往来の激しい場所では、謹んでもらえると私は嬉しい。駄目だろうか?」

「うっ――また、そう言う上目遣いをする……。

 あーもう、分かったよ。分かった。あたしの負け。今すぐ買って来るから、あんたら、ちょっとここで待ってな。それが終わったら、野宿するときに必要なものとか買い出しに行くから、勝手にどっかに行くんじゃないよ」

「何故貴様に命令されねばならん」


 と、不愉快げに戌斬が吐き捨てれば、猿我は半眼になって言い返した。


「あんたら、路銀はもらい物だって言ったよね? しかも、自分達だけで買い物もしたことがないとも言ってたよね? その調子で普通に店に入ってみな。あんたらすぐに一文無しだよ」

「何?」

「世の中には『値切る』って交渉があるんだ。同じものでも安く手に入れる。あんたらにそれが出来るなら買い物して来な。その代わり、金がなくなっても知らないよ」


 と、脅されたなら、桃狩と戌斬は互いに顔を見合わせて、


「さっさと済まして来い」


 面白くなさそうに戌斬が促した。


「よろしい」


 と、勝ち誇った口振りで猿我が答え、悔しそうに握り拳を作る戌斬と苦笑いを浮かべている桃狩を置いて、着物屋へと向かった。

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