第十一章『《鬼ヶ島》上陸』

(1)

「どんだけ不釣り合いな島なんだよ、ありゃあ」


 本来であれば、日中は妖にとって地獄のようなもの。

 そんな日中に堂々と太陽の下、快晴を写し取ったかのように煌めく青い海。

その上に浮かぶ異様な島を見て、鵺が呆れ返った声を上げていた。

 快晴を穢すかのように空に渦巻く黒雲を冠するその島は、巨大な角を備えた鬼の頭の形をしていた。

 全体的にごつごつと、草木一本生えていないかのような黒い島。その島をすっぽりと覆う虹色の光が結界ならば、ただの人間には認識の一つも出来ないようになっている。


 勿論。何も知らない漁師が不用意に近づけぬよう術も施されていたならば、うっかり上陸することもない。

 だが、妖や術者が見れば一目瞭然。

 陸から島を繋ぐ航路には禍々しくどす黒い色の海面が続いていた。

 黒雲から雷が落ち、呪詛の如き禍々しい妖気が渦巻いている。

 故に、普通の人間が見たならば、快晴な上に穏やかな海――だが、妖や術者が見れば、冗談のように地獄の一部が海上に現れたかのような有様を晒していた。


「間違ってもお前達は海に落ちるなよ。その瞬間死ぬほど後悔することになるぞ」

「マジで?」


 強風が吹けばあっさりとひっくり返りそうな小舟の上で、ワザとらしく鵺が驚いて見せれば、舵を取っていた戌斬が冷めた口調で促した。


「ワタシも話で聞いていただけだからな。真偽のほどは分からん。だからこそ貴様が試してみろ」

「って、うおっ! おまっ! 馬鹿じゃねぇの! 本当に落ちたらどうするつもりなんだよ!」

「って言うか! あたしらまで危ないだろ! こんなとこでふざけんな!」

「申し訳ございません桃狩様」

『俺(あたし)らに謝れよ!』


 本来であれば自由に動き回れぬはずのない太陽の下。式神の特典として陽の下も自由に動ける加護を得た戌斬。半妖であるが故に陽の光も物ともしない性質を有する猿我。同族食いを繰り返し、鬼並の強さと頑健さを手に入れた上に、数珠の加護を有する鵺。


 本来の力を欠けさせることなく『鬼ヶ島』に上陸し、存分に力を揮える状態で、一行は多勢に無勢の戦場へと乗りつけた。



   ◆◇◆◇◆



 障壁の中に飛び込めば、出迎えは初めから過激だった。

 人の形を成しているもの。異形のもの。動物の形をしているもの。鳥の形をしているもの。何かしらの器物が化けたもの。百鬼夜行と見紛うほどの妖の群れが、一斉に襲い掛かって来たのだ。


「お先!」


 鵺が桃狩と戌斬を追い抜いて、颯爽と殴り込みを掛ける。

 数珠をその腕に纏い、容赦ない力技で殴り飛ばし、蹴り飛ばし、掴んでは投げ飛ばし、叩きつけ、妖達を粉砕して行く。


 言葉通りの粉砕だった。特に、致命傷を与えた者達は、即座に光と変換されて数珠に吸収されて行くのだ。

 掴み掛かって来た妖の腕を、身を低くして躱し、立ち上がり様にその胸に拳を叩きつけ貫いて、吸収。その背後から襲い掛かって来た動物型の妖に対して強烈な回し蹴り。他を巻き込んで吹っ飛ぶ妖を見るでもなく、次の妖の攻撃を捌く。

 左腕で弾いて、がら空きになった胴体に拳を叩き込む。前倒しになった首筋に、両手を組んだ重い一撃を叩きつければ、なす術なく昏倒する妖。その首筋に、ダメ押しで足を下せば光となる。


 その正面から、突然炎が吹き付ければ、鵺は近くにいた妖を自分の前に持って来て盾にした。

 身代わりにされた妖が悲鳴を上げて混乱に陥ったのを見た後、炎に向かって蹴り飛ばし、足場の悪い岩肌が抉られるほど強く跳躍する。


「見つけた」


 空高くから炎の出所を探し出し、悪人のような笑みを口元に浮かべ、色鮮やかな着物を翼の如く翻した鵺が急降下。宙で一回転し、その回転でつけた遠心力を加えた破壊力抜群の踵落としを、炎を吹き出す妖の頭に叩き付ける。


 ぐしゃりと音を立てて陥没する頭は、当然衝撃に堪えられるわけがなく、ごつごつとした岩場に叩きつけられ、めり込まされた。浅い擂り鉢状に地面が凹む。

 岩の破片が飛び上がり、着地した鵺の着物が遅れて地面に降り立てば、呆けている妖達に向かって突撃する合図となる。


 周囲をサッと見回して、獲物を見つけた狩人が飛び出す。

 片腕だけで首を折り、一蹴りで足を折り、掴んで振り回しては薙ぎ倒し、すぐに鵺の周りには妖の姿がなくなった。


 一人ずつだと確実に捌かれるが、集団で襲っても誰か一人でも捕まれば最後、鵺の道具として振り回され、他の妖を叩きのめす役目を負わせられる。その破壊力はちょっとやそっとのものではない。使い物にならなくなれば、光となって吸収され、すぐに次の道具を探される。

 

 その動きは、徐々に速さを増し、その徒手空拳の破壊力は他の追随を許さず、暴君と化していた。

 その上で、だらりと伸びた妖を片手に、凄みのある笑みを浮かべて鵺は言うのだ。


「どうしたどうした! 名を馳せた妖どもじゃねぇのか! もっともっと俺を楽しませろ!」


 近付くのは危険だと判断した妖達は、遠巻きにしながら一斉に遠距離攻撃に切り替える。

 炎が、刺が、糸が、種子が、針が、カマイタチが、一斉に鵺に襲い掛かる。


「そうそう。そう来なくっちゃ、面白くねぇんだよ」


 ニヤリと笑った口元に犬歯が覗き、鵺は地面を陥没させる勢いで飛び上がった。

 獲物を失った妖達の攻撃が、逃げ場のなかったはずの鵺がいたところでぶつかり合う。

 そして――飛来する鬼神の如き強さの鵺に踏み潰された。


 突如飛来した鵺から逃れようとする妖の腕を掴み、振り回し、反対側にいた妖に投げ飛ばせば、薙ぎ倒される妖達。


「もっと骨のある奴はいねぇのか?」


 足元の妖を踏み潰しながら声を上げれば、横手から突撃して来る足音が。

 振り返ると同時に、鵺はその岩のような見てくれの妖と、両手でがっつりと掴み合っていた。

 見てくれを裏切らない強い力に、一瞬押し込まれる鵺。

 だが、ギリギリと押し返したなら、舌なめずりをして鵺は嗤った。


「いいね、いいね。野郎同士の喧嘩はこうでなくっちゃ始まらねぇよな!」


 と、豪快に肉弾戦を繰り広げ始める。

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